民法(債権法)の改正その5~債権譲渡

債権譲渡の意義

民法の教科書では、債権譲渡とは、債権の同一性を維持したまま、契約によって債権を移転することを指す、とされます。
無償で債権を譲渡することも可能ですが、有償、すなわち譲受人から対価を受け取って、債権を譲渡する場合が多いです。
有償で債権を移転する場合、譲渡人(当初の債権者)にとっては、債権の弁済期前に資金化を図ることができるというメリットがあり、企業の資金調達の1手法として活用されています。

改正前民法の問題点

改正前民法466条は、第1項で「債権は、譲り渡すことができる。」と規定しつつも、第2項において「前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。」と定めていました。
譲渡禁止特約が付された債権の譲渡は、譲受人との関係でも無効であると解されていたのです。

そもそも、譲渡禁止特約が認められたのは、債権者の交代により債務者側の事務処理が煩雑化することの回避や、債務者の相殺の確保のため等と言われています(これらは「債権者固定の利益」と呼ばれています。)。

しかし、これでは、企業、特に中小企業の資金調達を妨げかねず、また証券化などの新たな金融手法の妨げになるとの批判がありました。

改正民法の規律

そこで、2020年4月1日施行の改正民法は、これまでの規律を改め、「当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。」(改正民法466条2項)と規定し、譲渡制限特約に反する譲渡も有効であるとしました。

ただし、預貯金債権に関しては、常にその金額が増減するという特殊性があり、また払戻しにより資金化することが簡単なため債権譲渡する必要性も乏しいことから、改正民法においても、譲渡制限特約を悪意又は重大な過失により知らない譲受人に対する債権譲渡は無効とされています(改正民法466条の5)。

改正民法の問題点

改正民法の施行前から、譲渡制限特約付きの債権の譲渡に関しては、譲渡制限特約付債権の譲渡が有効であるとしても、同特約に違反したことを根拠に債務者との契約を解除されるおそれがあるのではないか、という懸念が指摘されていました。

このような懸念に対しては、改正民法においても、債権者を固定する利益に配慮した上で債権譲渡を有効としているのであるから、譲渡制限特約付き債権の譲渡を認めても債務者の期待に反することにはならないとの見解が示されています。

すなわち、譲受人が譲渡制限特約を知っていた又は重過失により知らなかった場合、債務者は譲受人からの請求を拒むことができ、譲渡人に弁済すれば足り(改正民法466条3項)、譲受人が譲渡制限特約について善意・無重過失の場合でも、債務者は供託することで債務を免れることができるため(改正民法466条の2)、譲受人との取引を強いられる事態は回避できることが指摘されています。

この点、譲渡制限特約付きの債権に関し、資金調達目的での債権譲渡は契約の解除や損害賠償の原因とはならない、譲渡されても特段の不利益がないにもかかわらず、取引の打ち切りや解除を行うことは、極めて合理性に乏しく、権利濫用等に当たり得る、とする法務省の解釈が経済産業省ウェブサイトに示されています。

 

債権譲渡は促進されるのか

今日、譲渡制限特約付き債権の典型例としては、公共工事の請負代金債権や金融機関に対する預貯金債権が挙げられますが、後者については、先にも述べたとおり、改正民法においても、悪意又は善意・重過失の譲受人に対する債権譲渡は無効であるとされました(改正民法466条の5)(預貯金債権に譲渡制限特約が付されているのは半ば常識であるため、特段の事情のない限り、預貯金債権の譲渡はほぼ無効と判断されるでしょう。)。

前者については、債務者(国・地方公共団体)の信用リスクはほぼゼロであり、債権者である建設業者の資金調達を円滑化する必要性も高いため、資金提供者(譲受人になろうとする者)が現れる可能性も高いのではないかと思われます。

しかし、前述のような契約解除や損害賠償請求のリスクが存在すると、かかるリスクを冒してまで債権を譲渡しようとはしなくなり、改正民法の制度趣旨にそぐわない結果になりはしないかが、懸念されます。

他方、債務者としては、債権が転々譲渡されることによる事務の煩雑化やいわゆる反社会的勢力に債権が移転することを防止したいという利益が認められ、かかる利益を保護しつつ、債権者の資金調達の円滑化を図る方策が検討されるべきだと思われます。

具体的には、債権譲渡を一律に禁止するのではなく、特定の種類の譲受人への譲渡は認め、それ以外の者への譲渡は禁止するというものや、債権譲渡の回数を制約するもの、あるいは債権譲渡の目的を制約するもの等が考えられるところです。

なお、前掲の経済産業省のウェブサイトでは、改正法の趣旨に沿った実務慣行の形成に向けてとして、債務者に対し、譲渡制限特約を締結する場合であっても、金融機関等に対する資金調達目的での債権譲渡を禁じない内容とすることが望ましい、と提言しています。

 

譲渡人倒産時のリスク

譲渡制限特約付き債権の譲受人が、特約の存在について悪意又は善意・重過失の場合、債務者は、譲受人に対し、債務の履行を拒むことができ(改正民法466条3項)、債務者は、譲渡人に弁済をすることができます。この場合、譲受人は、債務者が譲渡人に弁済した金員を譲渡人から受領して債権を回収することになりますが、万一、譲渡人が倒産した場合、譲受人は、債務者から譲渡人に支払われた金員を譲渡人から回収することが困難となってしまいます。

このようなリスクがあれば、譲受人になろうとする者は、資金提供を躊躇したり、あるいは高額の手数料(譲渡人の信用リスクを基準に算定されることになると考えられる。)を要求するようになったりしかねず、資金調達の円滑化を図る観点からは好ましくありません。

そこで、改正民法466条の3は、譲渡人に破産手続開始決定があった場合は、債権の全額を譲り受け、第三者対抗要件を具備した譲受人は、悪意又は善意・重過失の譲受人であっても、債務者に対し、債権全額の供託を請求できる旨を規定しました。

譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合、譲受人は、速やかに上記の供託請求を行うことにより、譲渡人の無資力リスクを回避して、当該供託金から債権を回収することができます。

 

もっとも、この供託請求ができるのは、譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合のみです。

譲渡人の信用状態が悪化し、事実上の倒産状態に至ったとしても、譲受人は、債務者に供託を強制することはできません。

 

また、譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合であっても、譲受人が供託請求を行う前に、債務者が譲渡人の破産管財人に弁済してしまった場合はどうなるでしょうか。

譲渡制限特約付き債権であったとしても、債権譲渡人と債権譲受人との間では債権譲渡は有効ですので、譲受人としては、譲渡人の破産管財人に対して、不当利得返還請求権を有することになり、当該請求権は財団債権(破産法148条1項5号)に該当すると考えられます。

財団債権は、優先的破産債権や一般破産債権に優先して弁済を受けることができますが、あくまでも破産財団が形成される限度で弁済を受けられるにすぎません。破産財団が財団債権の総額に満たない場合には、譲受人としては、他の財団債権者との按分割合で、債権の一部しか弁済を受けられないことになり、破産財団が乏しい案件では全く弁済を受けられない可能性もありえます。

 

また、破産手続以外の法的倒産手続(民事再生手続や会社更生手続)が開始した場合には、譲受人の債務者に対する供託請求は認められていません。

譲渡人に民事再生手続開始決定や会社更生手続開始決定がなされた後に、債務者が譲渡人に弁済した場合、譲受人としては、譲渡人に対して、やはり不当利得返還請求権を行使することで債権回収を図ることになります。当該請求権は共益債権(民事再生法119条6号、会社更生法127条6号)に該当すると考えられますので、譲受人は、譲渡人から随時弁済を受けることになります。民事再生や会社更生は、再建型の手続ですので、共益債権が弁済されないリスクは、破産手続の財団債権が弁済されないリスクよりは低いと考えられますが、再建が頓挫するケースもなくはなく、弁済を受けられない可能性もゼロではありません。

 

さらに言えば、債務者が譲渡人に弁済した後に、これらの法的倒産手続が開始された場合、譲受人の譲渡人に対する請求権は、法的手続開始前の原因に基づく債権として扱われると考えられます。この場合、破産手続であれば破産債権、民事再生手続であれば再生債権、会社更生手続であれば更生債権にそれぞれ該当し、他の債権者と平等な立場で、いわゆる債権カットの対象とならざるを得ず、ごくわずかの配当・弁済しか受けられないおそれが高いと言えます。

 

現実には、譲渡制限特約付き債権の譲渡人が倒産・経営破綻した場合、債務者は、トラブルに巻き込まれることを回避すべく、権利供託(改正民法466条の2)するケースも多いのではと思われますが、先に述べたとおり、譲受人から債務者に供託を請求できるのは、譲渡人に破産手続開始決定がなされ、かつ、債務がまだ弁済されていないタイミングに限られます。

改正民法においても、譲渡人の無資力・倒産リスクは、譲受人にとってなおもネックであると言え、債権譲渡を促進するうえでの課題と言えましょう。

 

[弁護士 奥田孝雄]

2020年8月4日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(債権法)の改正その4~定型約款

約款とは?

私たちの日常生活においては、画一的に取り扱われることより、取引コストが低減され、円滑かつ安定的にサービス等を受けることができる取引(契約)が多くあります。
鉄道、電気・ガスなどの公共サービス、預金、保険などの金融サービスなどが代表的です。
このような取引においては、「約款」と称される定式化された契約条項が用いられることがほとんどであり、私たちは、「約款」の存在や内容について、普段、余り意識せずにサービスを受けているのが実情でしょう。

約款の問題点

民法の原則では、当事者が契約の内容を認識した上で合意(意思表示)することで契約の拘束力が生じるとされていますが、約款による取引においては、一方当事者(大抵の場合、消費者)が約款の内容について認識していないことが多いにもかかわらず、約款による拘束力が生じるのか、という理論的な問題点があります。
また、他方当事者(大抵の場合、事業者)が提供する約款は、事業者にとって一方的に有利であったり、あるいは消費者が修正を求めても受け入れられないことが大半であるため、約款による拘束力を認めるための要件をどのように設定するのか、という問題もあります。

改正民法の規律

改正前の民法では、約款に関する規定が存在せず、約款の有効性やその要件、あるいは事後的な変更のための要件などについては、許認可が必要とされている取引を除いては、主に約款の解釈(及びそれに基づく裁判例の集積)によって規律がなされてきましたが、現代社会において重要な役割を担っている約款取引の法的安定性を確保する観点からは、民法に規定を新設する必要が高いと考えられていました。
今回の民法改正においては、「定型約款」という概念を定め、定型約款による契約の成立要件や定型約款の変更要件等について、規定を新設しました。

定型約款とは

改正民法では、定型約款とは、定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体、と定義されました(改正民法548条の2第1項)。

このように「定型約款」が定義されたことから、次のようなことが言えます。
① 労働契約のような相手方の個性に着目して行われる取引については、定型取引に該当しない。
② 画一的であることが当事者双方にとって合理的ではないものは、定型取引に該当しない。

※保険契約のように、契約の性質上その内容が画一的でなければならないものや、鉄道の乗車契約のように、顧客ごとに契約内容を変え得ることを前提とすると、迅速かつ安価なサービス提供に支障が生じるなど、契約内容を画一化することで相手方も直接・間接に利益を享受していると客観的に評価することができるもの(一問一答民法(債権関係)改正・商事法務244頁注2)は含まれますが、取引内容を画一的にすることについて、当事者の一方のみに利便性が認められるに過ぎないものは含まれません。

③ 個別交渉により修正の余地がある場合は、一方が用意した条項の総体を他方がそのまま受け入れることはないため、定型取引に該当しない。

定型取引に該当するような取引であれば、事業者間取引であっても、定型約款として規律されます。

定型約款の条項が取引内容となるための要件

上記のような定型約款に該当する条項が契約の内容になるためには、次の要件を満たす必要があります。

① 当事者が、定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと。
② 定型約款を準備した者(定型約款準備者と呼ばれます)が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。

①が定型約款に該当する条項が契約の内容になるのは、合意の拘束力という面からは肯定しやすいでしょう。
②は、①の合意(黙示の合意を含む)が認定できないような場合でも、定型約款を利用した取引の安定を図るために設けられました。このような趣旨から、「表示」は、実際の取引を行う際に、相手方に対して、個別に示されている必要があると解されています。インターネットを介した取引などであれば契約締結画面までの間に画面上で認識可能な状態に置くことが必要とされています(前掲一問一答250頁)。

なお、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様およびその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法1条2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意しなかったものとみなされます(改正民法548条の2第2項)。

定型約款準備者が負う義務

定型約款準備者は、定型取引合意の前、または定型取引合意後相当期間内に相手方から請求があった場合には、約款内容の開示義務を負い(改正民法548条の3第1項)、これを拒んだ場合は、正当事由がある場合を除き、定型約款は契約の内容になりません(同条第2項)。
定型約款準備者が、定型取引合意の前に、定型約款を相手方に交付(電子メールも可)していた場合には、開示義務はありません(同条第1項ただし書)。

定型約款の変更

定型約款が用いられる契約において、その後、法令の改定や社会状況の変化により、定型約款の内容を変更する必要が生じる場合が考えられます。この時、相手方の個別同意が必要であるとすると、相手方が不特定多数である場合が多いため、全員の同意を得るのが困難、あるいは同意を得るために多大なコストが発生することになりかねません。
かかる不都合を回避するため、改正法では、定型約款変更に関するルールが定められました(改正民法548条の4)。
ルールの内容は、実体的要件と手続的要件とに分けられております。

実体的要件として、次のいずれかに該当する必要があります(改正民法548条の4第1項)。
① 定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき。
② 定型約款の変更が、契約の目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款を変更することがある旨の定めの有無及びその内容、その他の変更にかかる事情に照らして合理的なものであるとき。

※②の「その他の変更にかかる事情」としては、相手方にとって不利益となる変更について解除権を付与する措置が講じられていることや、個別同意を得ることの困難性などとされています(法制審議会民法(債権関係)部会資料83-2「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(案)補充説明」41頁)。

手続的要件としては、定型約款準備者は、次の行為をしなければなりません(改正民法548条の4第2項)。
③ 定型約款変更の効力発生時期を定める。
④ 定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットなどの適切な方法により周知する。

※上記②による変更は、効力発生時期が到来するまでに「周知」されなければ効力は生じません(改正民法548条の4第3項)。

経過措置

定型約款に関する規定は、改正民法施行日前に締結された定型取引にかかる契約についても適用があるため(附則33条1項本文)、注意が必要です。
もっとも、旧法の規定によって生じた効力は妨げられません(附則33条1項ただし書)。
これに対し、施行日までに当事者の一方(契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者を除く)が反対の意思を書面で表示すれば、その契約には改正法は適用されないとされています(附則33条2項、3項)。

 

最後に

定型取引に該当するものの内、消費者を相手方とするものには消費者契約法の適用があります。その場合に消費者契約法の不当条項規制と改正民法548条の2第2項の適用関係という理論的な問題のほかに、事業者においては、改正民法548条の2第2項に該当するような約款条項は、消費者契約法上の不当条項にも該当する場合が多く、その結果、約款条項の使用差止を受ける可能性もあることに注意する必要があります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

2019年12月16日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

令和元年12月23日養育費・婚姻費用の改定算定表公表へ

養育費・婚姻費用の算定方式・算定表が改定されます

離婚調停や離婚訴訟の場で広く用いられている養育費・婚姻費用の算定方式・算定表が,改定されることになりました。

すでに新聞等でも大きく報道されており,裁判所のウェブサイトでも予告がなされていますので,ご存じの方も多いかと思います。

改定内容は令和元年12月23日に公表される予定であり,改定標準算定表が裁判所のウェブサイトに掲載されるとのことです。

 

現行の算定方式・算定表は,平成15年4月に公表され,その後,離婚調停や離婚訴訟の実務の場において広く定着しましたが,近時,時代の変化に対応しておらず,別居世帯やひとり親家庭の貧困につながる一因となっている,との指摘もなされてきました。

 

改定版では,現行の算定方式・算定表の考え方を踏襲しつつ,基礎となる統計資料を更新するなどしたとのことであり,社会情勢の変化を考慮した模様です。

具体的詳細は改定内容の公表を待つ必要がありますが,現行の算定表によるよりも,算出される金額が増えるケースもあると思われます。

離婚の実務に非常に大きな影響がある改定ですので,要注目です。

 

[弁護士 奥田聡子]

2019年12月2日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その4~配偶者居住権

配偶者の法定相続分は変わらず、配偶者保護をはかる新制度が創設

 

平成30年7月6日に成立した改正民法(相続法)では、被相続人の配偶者の保護をはかる制度として、

①配偶者居住権

②配偶者短期居住権

③婚姻期間が20年以上である夫婦間での遺贈・贈与について持戻し免除の意思を推定する規定

が新設されました。

 

ちなみに、以前、当サイトのコラム「配偶者の法定相続分は増えるのか?~民法改正の動向について」でご紹介したとおり、当初、配偶者の法定相続分を現行(2分の1)から引き上げる案が検討されていましたが、パブリックコメントで反対意見が多数寄せられたことから、結局、法定相続分は現行のままとなりました。

 

今回のコラムでは、上記①の配偶者居住権の概要を取り上げます。

 

配偶者居住権とは

 

現行法下において、遺産が自宅不動産以外にほとんどないようなケースでは、配偶者がその自宅を相続して住み続けるために、他の相続人に代償金を支払う必要が生じることがあり、支払う資金がない場合は、配偶者は自宅を相続できず転居せざるを得ない、といった事態が生じることがあります。

 

遺された配偶者は多くの場合高齢でしょうから、住み慣れた自宅を出なければならないとすれば、切実な問題となります。かといって、配偶者自身が代償金を支払えるだけの預貯金を有していることはおそらくあまりないでしょう。

 

このような配偶者を保護すべく、今回の改正により、被相続人の配偶者が、被相続人所有の建物に相続開始時に居住していた場合に、遺産分割や遺贈等により、その居住建物の全部について無償で使用収益する権利(配偶者居住権)を取得できるものとされました。

 

なお、配偶者居住権は、2020年4月1日から施行されます。

遺産分割で配偶者居住権を取得できるのは、2020年4月1日以後に開始された相続(つまり2020年4月1日以後に亡くなった人の相続)からになります。

また、配偶者居住権に関する改正法の規定は、上記施行日前にされた遺贈には適用されません。

2020年4月1日より前に、配偶者居住権を遺贈する旨の遺言を作成しても、配偶者居住権に関する改正法は適用されず、当該遺贈の効力は認められませんので、この点は注意が必要です。

 

配偶者居住権の具体例

 

法務省のウェブサイトに掲載されている具体例を見てみましょう。

相続人:亡くなった人(被相続人)の妻と子(法定相続分は2分の1ずつ)

遺産:自宅(2000万円)及び預貯金3000万円

のケースで、現行法下では、妻が自宅を相続するとなれば、

妻の相続する遺産=自宅(2000万円)+500万円の預貯金

子の相続する遺産=預貯金2500万円

となるところ、改正法施行後は、自宅を配偶者居住権(1000万円)と負担付所有権(1000万円)に分け、

妻の相続する遺産=自宅の配偶者居住権(1000万円)+預貯金1500万円

子の相続する遺産=自宅の負担付所有権(1000万円)+預貯金1500万円

とすることが可能となり、妻は住む場所と生活費が確保できる、としています。

 

このように、配偶者にとっては、現行法に比べて、自宅に住み続けながら流動資産もより多く確保できる選択肢が拡がると言えます。

 

もっとも、現実には、被相続人の配偶者とその実の子が相続人の場合であれば、子は、遺産分割協議において、必ずしも法定相続分の取得を要求しないことも少なくありません。相続人全員が了解すれば、法定相続分とは異なる分け方をすることも可能です。

上記の具体例で、子は、「母親(被相続人の妻)が自宅不動産の所有権を相続してこれからもそこに住めばよいし、預貯金も自分は1000万円もらえればそれでよいので、母親が預貯金2000万円を相続すればよい。将来母親が亡くなったら、その時自分が自宅不動産を相続して売却しよう。」などと考えることもままあります。あるいは、預貯金を半分ずつ相続し、自宅不動産を母親(被相続人の妻)と子の共有名義にしておき、母親が住み続けることを子も了解する、という選択肢を取ることもあるでしょう。

 

これに対し、例えば、亡くなった夫には離婚歴があり、相続人は、前妻との間の子と後妻(死亡時の妻)である、といったケースでは、法定相続分どおりでなければ、前妻の子の納得を得ることが容易でない場合も多く、比較的紛争が起こりやすいといえます。そのような場合には、紛争の解決のために、配偶者居住権が活用されることも予想されます。

 

 

配偶者以外の相続人の立場からはどうか

 

もっとも、配偶者居住権は、配偶者以外の相続人の立場からすれば、なかなか容認しがたい場合も少なくないと考えられます。

 

というのも、配偶者居住権の存続期間は、原則として配偶者の終身とされています(改正民法1030条)。

被相続人の配偶者が自宅建物の配偶者居住権を取得し、他の相続人が配偶者居住権の負担付の自宅建物及び土地の所有権を取得する、という場合、原則として、配偶者が亡くなるまで、他の相続人は、当該土地建物を自ら使用できず、誰かに賃貸して収入を得ることもできないうえ、他の相続人が相続できる預貯金は、配偶者が自宅所有権を相続する場合に比して、より減ることになります。

 

配偶者以外の相続人の立場にたてば、いつになったら自分の自由になるのか分からない不動産なんかいらない、自宅土地建物の所有権は配偶者が相続すればよい、その代わり、自分は預貯金を多く取得したい、との主張がなされることも十分あり得るでしょう。

先述の法務省ウェブサイトの具体例は、自宅不動産のほかに預貯金も相応にあるケースですが、自宅不動産以外に預貯金がほとんどないようなケースでは、なおさら他の相続人の納得は得にくいと考えられます。

 

また、被相続人の配偶者と被相続人の兄弟姉妹が相続人である場合、当該兄弟姉妹も配偶者と同世代であることが通常でしょうから、「いつかは分からないが、将来配偶者が亡くなって配偶者居住権が消滅した後に当該不動産を使用したり売却したりできればそれでよい」といった心境にもなりづらいかもしれません。

 

価値評価の難しさ

 

現行法下の遺産分割でも、不動産の価格をいくらと評価するのか、相続人間で争いになるケースが少なくありません。ましてや、配偶者居住権は、改正法により新しく創設される権利ですので、配偶者居住権の価値をどのように算出するのか、なかなか難しい問題です。

この点、法務省のウェブサイトでは、配偶者居住権の価値評価について、簡易な評価方法が紹介されています。終身の間、配偶者居住権を設定したものとして、平均余命を前提に、配偶者居住権が消滅する時点の不動産の価値を算定しますが、負担消滅時まで所有者は利用できないので、その分の収益可能性を割り引く考え方です。

このような評価方法は一応の参考になると考えられますが、具体的な紛争案件においては、配偶者と他の相続人との間で主張が激しく対立することも十分考えられます。

 

配偶者居住権の創設により、遺産分割紛争が解決しやすくなるのかどうかは、率直なところ、未知数と感じます。

 

 

相続人間で合意できない場合

 

遺言がなく、相続人間の遺産分割協議・調停もまとまらない場合、配偶者は、家庭裁判所の遺産分割審判により、自己に配偶者居住権を認めてもらうことが可能ですが、他の相続人が合意していない場合は、「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要がある」場合でなければなりません(改正民法1029条2号)。

 

具体的にどのような場合がこれに当てはまるのか、この点も、改正法施行後の実務の動向を見る必要があるでしょう。

 

 

遺言を作成する場合

 

改正法施行後(2020年4月1日以後)に遺言を作成する場合、配偶者に配偶者居住権を遺贈する旨を定めることができるようになります。

 

もっとも、配偶者に配偶者居住権を遺贈するという選択肢を取ることがよいかどうかは、ケースバイケースです。

例えば、配偶者に自宅不動産の所有権を取得させても、他の相続人の遺留分(遺言にかかわらず最低限相続できる財産)を侵害しないようであれば、配偶者居住権ではなく、端的に自宅不動産の所有権を配偶者に取得させる旨の遺言を作成すればよい場合が多いと考えられます。

特に、推定相続人が、配偶者と被相続人の兄弟姉妹や甥姪である場合、兄弟姉妹や甥姪にはそもそも遺留分がありませんので、配偶者保護の観点からは、配偶者居住権を持ち出すまでもなく、自宅不動産の所有権を配偶者に取得させる旨の遺言を作成すればよいと言えます。

これに対し、例えば、自宅不動産が、被相続人が自身の親から相続した先祖代々の物件であり、配偶者が生きている間はそこに住めるようにしてやりたいが、配偶者が死亡した後は、被相続人の甥に継いでもらいたい、というような事情がある場合は、配偶者には配偶者居住権を遺贈し、自宅不動産の所有権は甥に遺贈する、といった遺言を作成することも一案でしょう。

 

(注)いささか細かい話になりますが、遺言による配偶者居住権の取得に関し、改正法では、配偶者居住権の取得要件として、「配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき」(改正民法1028条1項2号)とのみ規定されており、遺言で配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がなされた場合は含まれていません。(実務で多用されているいわゆる「相続させる」遺言については、最高裁平成3年4月19日判決において、特段の事情のない限り、遺産分割方法の指定と解すべきと判示され、以後そのように解されるのが一般です。)

 

法制審議会において、相続法改正の中間試案の段階では、遺言において配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がなされた場合も、配偶者居住権が成立するとされていました。しかし、中間試案に対するパブリックコメントで、配偶者居住権が遺贈された場合であれば配偶者はこれを放棄することができる(民法第986条第1項)のに対し、配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がされた場合には、配偶者は相続そのものを放棄しない限り、これを放棄することができないため、かえって配偶者の保護に欠ける結果となるおそれがあるとの指摘がされたとのことです。

このような指摘を踏まえ、法制審議会において、長期居住権の取得事由から「遺産分割方法の指定」による場合が削除され、遺言で配偶者に長期居住権を取得させる場合には遺贈に限るものとされた模様です。

 

よって、遺言で配偶者に配偶者居住権を取得させたい場合は、「配偶者居住権を相続させる。」ではなく、「配偶者居住権を遺贈する。」旨記載すべきと考えられます。

(もっとも、法制審議会において、「遺言の解釈の仕方として、できるだけ被相続人の意思を尊重して無効にならないように解釈するという解釈の仕方自体は、一般的に言われているところだと思いますので、そういった意味で、長期居住権の処分については遺贈でしかできないと規定すれば、少なくともその部分については被相続人の意思としては遺贈の趣旨だったのだろうということで、合理的な解釈がされることになるのではないかと考えているところでございます。」(法制審議会民法(相続関係)部会第15回会議(平成28年11月22日)開催の議事録31頁)といった議論がなされており、遺言において、「配偶者に配偶者居住権を相続させる」旨の記載がされたときでも、直ちに無効となるものではないと考えられます。)

 

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2019年10月8日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(債権法)の改正その3~根保証

根保証とは

 

みなさん、「根保証」ってご存知でしょうか。

保証という言葉はよく耳にしますが、「根保証」は聞きなれない言葉かもしれません。

一般的には、根保証とは「継続的な債権関係から生じる不特定の債権を担保するための保証」とか、「継続的な関係から生じる不特定の債務を主たる債務とする保証」と定義されています。

将来にわたる不特定の債務を保証する点に特徴があり、身元保証や、賃借人の債務の保証が典型とされています。

 

根保証の問題点

 

根保証は、将来に発生する債務を保証することから、保証人の予想を超えた過大な債務が発生し、保証人が債権者からその債務の履行を迫られるという事態が多発し、社会問題化しました。

そのため、平成16年の民法改正において、根保証のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務(金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務)を含み、かつ、個人が保証人である契約(個人貸金等根保証契約)については、

 ① 極度額

 ② 元本確定期日

を定めることが必要とされました。

なお、①の極度額を定めなかった場合は根保証契約は無効となります。

また、②の元本確定期日を定めなかった場合は、個人貸金等根保証契約の締結日から3年を経過した日に元本が確定します。元本確定期日を定めた場合でも、契約締結日から5年を超える日を定めた場合は、その元本確定期日の定めは無効となり、契約締結日から3年を経過した日が元本確定期日となります。

さらに、元本確定事由として、

・主債務者または保証人が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・主債務者または保証人が破産手続開始決定を受けたとき

・主債務者または保証人が死亡したとき

には元本が確定すると法律で規定されました。

 

 

今回の改正

 

平成16年の改正は、社会問題化して早急に対応すべきであった融資に関係する根保証において保証人を保護する観点から、個人貸金等根保証契約に限って特則が設けられたものでした。

しかし、根保証の問題点(保証人の予想を超えた過大な債務が発生しやすい点)は、継続的な商品取引にかかる代金債務や不動産賃貸借にかかる賃借人の債務などにも当てはまるため、個人貸金等根保証契約における規律を個人根保証一般に拡大すべきとの議論が起こりました。

かかる議論の結果、今般平成29年成立の民法改正では、個人貸金等根保証契約における規律のうち、極度額の定めが、個人根保証一般に拡大されました。これにより、保証人が個人である全ての根保証契約、例えば、賃貸借契約における保証や身元保証においても、極度額を定めなければ無効となることになりました。

もっとも、今回の改正においても、個人貸金等根保証契約における元本確定期日に関する規律は、個人根保証一般に拡大はされませんでした。元本確定期日に関する規律が、個人貸金等根保証契約以外に適用されなかったのは、例えば、不動産の賃貸人が根保証契約を前提として賃貸借契約を締結したにもかかわらず、元本確定期日の最長5年を超えて賃貸借契約が存続した場合、賃貸人は保証がないまま賃貸し続けなければいけないことになり賃貸人に酷である、とか、極度額の定めがあれば、保証人の責任の範囲は画され、過大な債務を背負うと言った事態は避けられる、といった意見が考慮された模様です。

また、個人根保証一般の元本確定事由としては、

・保証人が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・保証人が破産手続開始決定を受けたとき

・主債務者または保証人が死亡したとき

が規定されましたが、

・主債務者が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・主債務者が破産手続開始決定を受けたとき

については、今回の改正においても、個人貸金等根保証契約に限って適用されることとされました。

これは、例えば、不動産賃貸借契約は賃借人の破産等によっても終了しないにもかかわらず、賃借人を主債務者とする個人根保証契約の元本が確定するとなると,賃貸人としては、その後は保証がないまま賃貸し続けなければいけないことになり、やはり賃貸人に酷である、といった意見があったためです。

 

なお、法人が保証人となる根保証契約では極度額の定めがなくても有効ですが、その場合、その主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれるか否かにかかわらず、保証人の主債務者に対する求償権についての個人保証(根保証でない通常の保証の場合)は無効となることとされました。

(当該求償権についての個人保証が根保証契約であるときは、その個人根保証契約において極度額の定めがあれば、その個人根保証契約は有効となります。)

 

さらに、今回の改正議論では、極度額の定めがあっても、事業のために負担する貸金等債務については、保証債務の額が多額になりがちであり、主債務者との個人的関係から安易に保証人になってしまうケースが少なくなく、より慎重な手続が必要ではないかという議論も起こりました。

その結果、今回の改正で、事業のために負担した特定の貸金等債務を主債務とする通常の保証契約(根保証契約以外のもの)及び主債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約(これらの求償権を保証する場合も含む)において、保証人が個人である場合、公証人に保証意思を事前に確認させ、かかる手続きが履践されていない保証契約は無効とするものとされました。

(ただし、保証人が主債務者の取締役や大株主、あるいは共同事業者や配偶者であるような場合には、保証のリスクを認識せずに安易に保証契約を締結するおそれは低いと考えられることから、公証人による保証意思の確認は不要とされました。)

 

実務上注意すべき点

 

今回の民法(債権法)の改正により、根保証契約における極度額の定めが、主債務が貸金等の場合における根保証契約だけでなく、広く個人根保証契約一般に拡大されることとなったため、これまで極度額の定めが不要とされていた、不動産賃貸借の債務や介護施設入居者の負う債務に対する根保証契約などについて、極度額を設ける必要があります。

根保証契約に関する改正法の施行は令和2年(2020年)4月1日からです。

この施行日以後に締結された根保証契約については、改正法の規定が適用されます。

 

この点、改正法施行前に締結した契約に関し、定期賃貸借契約における根保証契約は特に注意が必要です。

すなわち、改正法施行前に締結された(定期でない普通の)賃貸借契約の場合、当該賃貸借契約に付随する(根)保証契約は、賃貸借契約が合意更新された場合を含めてその賃貸借契約から生じる賃借人の債務を保証することを目的とするものであると解され(判例)、賃貸借契約の更新時に新たな保証契約が締結されるものではないと考えられます。よって、賃貸借契約が改正法施行後に合意更新されたとしても、上記のような保証に関しては、改正法施行後に新たに保証契約が締結されたものではなく、(根)保証に関する改正法の規定は適用されないと考えられます(※)。

(※)

なお、「一問一答 民法(債権関係)改正」(法務省大臣官房審議官筒井健夫、法務省民事局参事官村松秀樹、編著,商事法務)384頁においては、「新法の施行日以後に、賃貸借契約の合意更新と共に保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された場合には、この保証については、保証に関する新法の規定が適用されることになることは言うまでもない。」と述べられています。どのような場合に「保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された」と評価されるのかは、必ずしも明らかではありませんが、かかる評価を受けるような事情がある場合は、改正法が適用されることになりますので、注意が必要です。

これに対し、定期賃貸借契約は期間満了により契約が終了し、更新はできません。改正法施行後に、施行前に締結した定期賃貸借契約が終了した場合、同内容の賃貸借契約を再契約したとしても、それは新たな契約であるため、それに伴う根保証契約も新たに締結された契約ということになります。よって、改正法施行後に新たに締結した根保証契約として、改正法が適用されることになり、極度額の定めを設ける必要があります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

2019年6月21日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その3~相続人以外の親族の貢献

相続人以外の親族の特別寄与料支払請求権が創設

 

民法(相続法)の改正により、相続人以外の親族が、無償で被相続人の療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたときは、相続開始後、相続人に対し、特別寄与料の支払いを請求できることになりました(改正民法1050条)。

 

具体的には、例えば、介護が必要となった高齢の被相続人の療養看護を、被相続人の息子の妻が無償で担ったような場合や、被相続人が営む農業を、被相続人の妻の連れ子(被相続人と養子縁組はしていない)が無償で長年手伝ったような場合が考えられます。

 

これまでも、被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人に、寄与分を認める制度はありましたが、あくまでも相続人にのみ認められるものでした。

もっとも、被相続人の息子の妻が療養看護を担ったようなケースでは、相続人である息子の寄与分を判断する中でその妻の寄与を考慮し、息子の取得する遺産を多くすることによりバランスを図る裁判例などもあります。しかし、寄与をしたのは息子の妻であるにもかかわらず息子の寄与分として認めることの法的根拠が明らかではありません。また、息子が被相続人より先に亡くなり、かつ、息子夫婦に子(代襲相続人)が存しない場合には、相続人の寄与分を判断する中で息子の妻の貢献を考慮するという方法も取れないことになります。

 

また、相続人でない者の貢献に報いる制度としては、特別縁故者に対する相続財産分与の制度(民法958条の3)がありますが、これは相続人が不存在である場合に限られるため、相続人が存在する場合には認められません。

 

さらに、被相続人に無償の療養看護その他の労務を提供した者が、被相続人との間における準委任契約や事務管理、不当利得といった法的構成により何らかの金銭を請求することも考えられますが、立証の困難性もあり、容易ではありません。

 

このような状況のもと、民法(相続法)改正により、相続人以外の親族の貢献に報い、実質的な公平を図る制度が創設されることとなったのです。

 

この制度の施行は2019年7月1日です。

2019年7月1日以降に開始した相続において適用されます。

 

 

請求権者は

 

特別の寄与料を請求できるのは、被相続人の親族であり、かつ、相続人ではない者です。

 

「親族」とは、

①6親等内の血族

②配偶者

③3親等内の姻族

のいずれかに該当する者です(民法725条)。

 

例えば、被相続人の息子の妻(いわゆる舅・姑と嫁の関係)は、1親等の姻族にあたり、上記③の3親等内の姻族として、被相続人の「親族」に該当し、かつ、相続人ではありませんので、特別寄与料の請求権者となります。

また、被相続人の妻の連れ子は、これも1親等の姻族にあたり、上記③の3親等内の姻族として、被相続人の「親族」に該当します。ただし、当該連れ子が被相続人と養子縁組をしている場合は、養子として相続人になりますので、この特別寄与料は請求できません。

 

なお、相続放棄をした者や、相続人の欠格事由に該当する者、廃除により相続権を失った者は、この請求権はありません。

 

また、請求権者が被相続人の「親族」に限られるため、内縁の配偶者や、親族にあたらない事実上の養子、同性婚のパートナーなどは、適用対象外となります。もっとも、相続人以外の者の無償の貢献に報いるという本制度の趣旨からすれば、これらの者も請求権者に含めるべきとも言えそうです。国会でも、民法(相続法)改正施行にあたり、「現代社会において家族の在り方が多様に変化してきていることに鑑み、多様な家族の在り方を尊重する観点から、特別の寄与の制度その他の本法の施行状況を踏まえつつ、その保護の在り方について検討すること」との附帯決議がなされていますので、将来的には請求権者の範囲が再検討される余地もあるでしょう。

 

 

どのような場合に特別寄与料が認められるか

 

この特別寄与料を請求するには、被相続人に対して「無償」「療養看護その他の労務の提供」をしたことが必要です。対価を得て労務を提供していた場合は、請求できません。

 

療養看護の内容としては、どの程度の行為をしたことが必要か、なかなか判断が難しいのですが、相続人の寄与分をめぐる議論においては、本来なら介護施設等への入所が必要な状態であるところを自宅で介護したような場合が考えられる、とか、目安としては介護認定の要介護2以上の状態、などとも言われています。これらが一応の参考にはなると思われますが、被相続人及び介護者、相続人らの具体的状況によって結論は変わってくるでしょう。

 

その他の労務の提供とは、被相続人が営む農業、林業、漁業、その他の自営業において、親族が無償で働いたような場合が考えられます。

 

また、無償で療養看護その他の労務の提供をした結果、被相続人の財産が維持され又は増加したことが必要です。

 

 

どうやって請求するか

 

特別寄与者は、相続開始後、相続人に対して特別寄与料の支払いを請求できますが、当事者間で協議が調わないとき、又は協議ができないときは、家庭裁判所に対して、協議に代わる処分を請求することができます(改正民法第1050条2項本文)。

管轄は、相続開始地(被相続人が死亡した時の住所地)の家庭裁判所となります(改正家事事件手続法第216条の2)。

 

特別の寄与に関する処分を求めて家庭裁判所に申立がなされると、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定めます。

この特別寄与料の額については、相続人による寄与分の制度において、相続人が被相続人に対し療養看護等の労務の提供をした場合の算定方法が参考になると考えられます。

具体的には、療養看護の場合であれば、

第三者が同様の療養看護を行う場合の日当額✕療養看護日数✕裁量的割合

との算定方法が参考になります。

(裁量的割合とは、被相続人と看護を行った者との身分関係や、被相続人の状態、看護の専従性等を考慮して、裁判官が個別具体的な事案に応じて定める割合であり、0.5~0.7程度の範囲内で定められることが多い模様です。)

この点、あくまでも一例ですが、近時の参考判例として東京高裁平成29年9月22日決定(※)が挙げられます。

(※)東京高裁平成29年9月22日決定

この判例のケースでは、要介護4(後に要介護5)となった被相続人について、介護保険による介護サービス(訪問介護、デイサービス、ショートステイ、訪問看護等)を利用しつつ、被相続人と同居の次男が、介護をヘルパー任せにせず、食事や給水の介助、摘便、痰吸引といった介護を数年にわたり行ったところ、裁判所は次男の寄与分を認めました。

寄与分の具体的な算定にあたっては、介護当時の介護報酬基準額をもとに、要介護4の場合は6,670円、要介護5の場合は7,500円を介護報酬(日当)として用いました。

そして、要介護4及び要介護5の認定を受けていた各期間に次男が療養看護を行った日数から、ショートステイ利用日数、デイサービス利用日数(半日分)を差し引いた日数を、特別な寄与に相当する療養看護日数とし、これを上記の介護報酬(日当)額に乗じるとしました。

また、痰吸引については、次男が痰吸引を行った日数を算出したうえで、当該日数に、訪問看護(20分未満)の看護報酬2,850円を乗じるとしました。

そのうえで、被相続人と次男が親子であること、次男が被相続人所有の自宅に無償で居住し、その生活費は被相続人の預貯金で賄われていたこと、訪問介護等の介護サービスも利用していたことなどを考慮し、裁量的割合として0.7を乗じるとしました。

 

なお、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできないとされています。

 

特別寄与料の額が定められると、相続人は法定相続分又は指定相続分に応じて、これを負担することになります。

 

 

期間制限に注意が必要

 

特別寄与者が権利行使をするには、期間制限があります。

特別寄与者が相続の開始及び相続人を知ったときから6か月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができなくなります。

相続に関する紛争の複雑化、長期化を防ぐための期間制限ではありますが、かなり短い期間となっていますので、注意が必要です。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2019年6月14日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その2~預貯金の払戻制度

平成28年の最高裁決定により、預貯金債権が遺産分割の対象に

 

従前、預貯金は、理論上、相続開始と同時に当然に相続分で分割され、遺産分割の対象とはならないと解されてきました。家庭裁判所の遺産分割調停・審判においても、相続人全員の合意がない限り、預貯金は対象に含めないこととされていました。

 

しかし、このような解釈では遺産分割紛争の解決が図りづらいことも多く、一般的な感覚にもそぐわないものであったことなどから、平成28年12月19日最高裁大法廷決定において、預貯金も、相続開始と同時に当然に相続分で分割されることはなく、遺産分割の対象となることが判示されました。

 

 

相続法改正で、預貯金払戻に関する新たな制度が創設

 

従前の「預貯金は相続開始と同時に当然に相続分で分割される」という考え方であれば、理論上、相続人は預貯金について、自分の相続分については、単独で金融機関に払い戻しを請求できるとされてきました。もっとも、現実には、金融機関は、万が一の二重払いのリスクを恐れ、預金の払戻には共同相続人全員の署名・押印を求めるのを通常の対応としてきましたが、例外的に、葬儀費用などで、どうしても至急資金が必要と思われるような場合には、金額を限って一部の相続人への払戻に応じるといった対応を取ることもありました。

 

これに対し、上記の平成28年最高裁決定の考え方によれば、遺産分割がなされるまでは、預貯金債権は共同相続人全員が共同して行使しなければならない、ということになり、理論上も、相続人全員の同意がなければ、預貯金の払戻は困難ということになりました。

 

遺産分割には長い期間を要することもよくあります。その間、預貯金の払戻を一切受けられないとすれば、葬儀費用の支払や、被相続人に扶養されていた相続人の生活費等が賄えない、といった不都合が生じる恐れが懸念されます。

 

そのため、相続法改正により、遺産の預貯金の払戻に関し、

  1. 家庭裁判所の判断を経ない払戻制度の創設(改正民法第909条の2)
  2. 家事事件手続法上の保全処分の要件を緩和(改正家事事件手続法第200条第3項)

の2つが認められることになりました。

 

これらは、2019年7月1日から施行されます。

 

 

①家庭裁判所の判断を経ない払戻制度の創設

 

各共同相続人は、遺産の預貯金のうち、各口座ごとに、

  【相続開始時の預貯金額×3分の1×払戻を求める共同相続人の法定相続分】

の計算式で算出される額までについては、他の共同相続人の同意がなくても、単独で払戻が受けられることになります。

但し、各金融機関ごとに150万円が上限とされます(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令・平成30年法務省令第29号)。

同一金融機関の複数の支店に口座がある場合でも、その金融機関からは合計150万円までしか払戻は受けられません。

 

また、上記の計算式のとおり、相続開始時の預貯金額を基準に払戻可能額が算定されることに注意が必要です。

例えば、相続開始後に、遺産の賃貸マンションの賃料が当該口座に入金され預貯金残高が相続開始時より増えたとしても、この制度による払戻は、あくまでも相続開始時の残高を基準に算定された限度額までしか払戻請求できません。

 

この払戻は、家庭裁判所の手続を経ることなく、金融機関の窓口で手続できます。

先に述べたとおり、施行日は2019年7月1日ですが、施行日前に開始した相続に関しても、施行日以後にこの制度による払戻を求めることが可能です。

払戻にあたっては、①被相続人の死亡の事実,②相続人の範囲、③払戻を求める者の法定相続分、の3点がわかる資料(戸籍全部事項証明書や法定相続情報証明書等)の提示は必ず要求されると考えられますが、具体的な手続や必要な書類は、各金融機関が定めるところになります。

 

この制度による払戻がなされた場合、払戻を受けた相続人は、遺産の一部分割により、これを取得したものとみなされます。

 

なお、被相続人の遺言がある場合は、遺言の内容によっては、この制度による預貯金払戻の対象とならないことがありますので、この点も要注意です。

 

 

②家事事件手続法上の保全処分の要件を緩和

 

現行の家事事件手続法においても、遺産分割がなされる前に預貯金の払戻を受ける手段として、同法第200条第2項に仮分割の仮処分の制度がありますが、「事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」に認められるとされ、要件が厳格なものでした。

 

改正法では、その要件が緩和され、家庭裁判所は、

  • 遺産分割の審判又は調停の申立があった場合に
  • 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があるときは
  • 相続人の申立により
  • 他の共同相続人の利益を害しない限り

預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができる、とされました(改正家事事件手続法第200条第3項)。

 

なお、預貯金債権行使を必要とする事情として挙げられている「相続財産に属する債務の弁済」や「相続人の生活費の支弁」はあくまでも例示であり、これらの事情に限られません。具体的にどのような場合にこの仮処分が認められるかは、担当する裁判官の判断に委ねられることになります。

また、他の共同相続人の利益を害しないかどうかも、担当裁判官の判断となりますが、法制審議会(民法(相続関係)部会)の追加試案補足説明によると、原則としては、遺産の総額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内で仮分割を認めることが想定されているようです。

もっとも、事案によっては、被相続人の債務を弁済する場合など、後々の相続人間の求償において処理できるような場合に、上記の範囲を超えた仮分割が認められることもあるようであり、他方、預貯金のほかは、一応の資産価値はあるが、市場流通性の低い財産が大半を占めている場合などには、当該預貯金の額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内に限定するのが相当な場合もあると考えられています。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

 

 

2019年4月1日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

成人式は何歳で?~成年年齢の引き下げ

成年年齢を18歳に引き下げる民法改正法が成立

 

2019年がスタートし、今年も各地で成人式が行われましたね。
成人式といえば、これまでは20歳の節目でしたが…

2015年に公職選挙法が改正になり、選挙権年齢が18歳に引き下げられたのは記憶に新しいところかと思いますが、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる改正法も、昨年(2018年)6月に成立しました。2022年4月1日から施行されます。

と言っても、実生活上、具体的にどのような影響があるのか、今ひとつピンと来ない方も多いかもしれませんね。

民法上、未成年者が契約などの法律行為をするには、法定代理人(通常は親権者)の同意を得なければならず、これに反する法律行為は取り消すことができるとされています(民法第5条)。
法律行為って何?と思われるかもしれませんが、身近な例を言えば、お店で物を買う行為も法律行為にあたりますし、アパートを借りる、ローンを組む、英会話教室に入会する、なども全て法律行為です。
未成年者の場合、一般的に、取引の経験や知識が十分でなく、判断能力も未熟であることから、契約によって被る不利益から保護すべく、上記のような取消(未成年者取消)が認められているのです。

(但し、親から与えられた小遣いの範囲内で買い物をした場合等々、例外的に未成年者取消ができない場合もあります。未成年者取消の詳細については、東京都など地方公共団体のウェブサイトなどにも掲載されています。)

現行法下では、20歳未満の者が親の同意なく行った法律行為は取り消すことができますが、改正法により、18歳から成年者となりますので、改正法施行後は、18歳、19歳の法律行為を未成年者取消で取り消すことはできなくなります。

 

消費者被害の拡大が懸念される

 

このように、改正法施行後は、18歳、19歳は民法の未成年者取消規定の保護を受けられなくなるため、高額なクレジットを組まされて不必要な物品やサービスを購入させられる、といった消費者被害の拡大が懸念されています。

事業者は、相手が未成年者であれば、契約を締結しても後に取り消される可能性があるため、そもそも未成年者を勧誘しないのが通常ですが、改正法により成年者となる18歳、19歳は、事業者のターゲットにされる危険が高まると考えられます。
18歳、19歳といえば、高校を卒業して進学や就職で親元を離れる人も多く、それまでと違う生活環境の中で、悪質な事業者の勧誘を受けて、誰にも相談できないまま高額・不要な契約をしてしまう、といった事態も懸念されます。
改正民法成立にあたっては、消費者被害拡大防止のための施策の指針が盛り込まれた附帯決議も可決されましたが、十分な環境整備が望まれます。

 

女性の婚姻開始年齢は引き上げられることに

 

現行法下では、男性は18歳、女性は16歳にならなければ婚姻することができないとされており、未成年者が婚姻するには父母の同意が必要とされていますが、改正法により、女性の婚姻開始年齢は18歳に引き上げられることになりました。
よって、改正法施行後は、未成年者が婚姻するという事態は生じないことになります。
なお、経過措置として、施行日(2022年4月1日)時点で既に16歳以上の女性は、18歳未満でも婚姻できるとされています。この場合は父母の同意が必要です。

 

飲酒・喫煙・ギャンブルの年齢要件は20歳以上のまま

 

民法改正により成年年齢は18歳になりますが、飲酒、喫煙や、競馬・競輪・競艇・オートレースの投票券購入については、健康面への影響や非行防止、青少年保護の観点などから、20歳以上という現行法の年齢要件が維持されることとなりました。

 

養育費の支払終期への影響は

 

成年年齢引き下げに伴い、離婚する際の養育費の支払終期には注意が必要です。
従前、離婚する際に「子どもが成人するまで養育費を支払う」と約束していた場合、成年年齢が18歳に引き下げられることになったのだから、18歳まで支払えば終わりでは?と考える人が出てくるかもしれません。
しかし、養育費の取り決めをした時点では、成人=20歳という前提で決めたはずですから、20歳まで支払義務があると考えるべきでしょう。
また、現在でも、子が大学に進学する場合には、成年年齢にかかわらず、大学卒業まで養育費を支払うケースもあります。成年年齢が18歳に引き下げられても、養育費の終期については、子どもの具体的状況に応じて決めるべきと考えられます。

 

なお、現在(2019年1月)は改正民法施行前であり、成年年齢はまだ20歳ですが、今後、養育費を定めるときは、「成人になるまで」という表現ではなく、「××歳に達した後の3月まで」や「20××年×月まで」のように、具体的な年齢や年月で終期を明記する方がよいでしょう。

 

成人式はどうなる?

 

では、成年年齢が18歳になると、成人式はどのように変わるでしょうか。

この点は、特に法律で決まっているわけではなく、成人式を主催する各自治体の判断になりますが、18歳で成人式を行うとなれば、大学受験や就職活動の多忙な時期と重なってしまう事に加え、振り袖などの和装ではなく高校の制服で出席する人が増え、呉服業界への影響が大きいのでは、といった指摘もあります。

上記のような様々な影響を考慮し、既に、京都市や蕨市など複数の自治体が、民法改正後も現在と同様に20歳を対象に式典を行うことを表明しています。同様の自治体が増えるのかどうか、今後の動向が注目されます。

 

[弁護士 奥田聡子]

2019年1月15日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(債権法)の改正その2~時効

時効制度改正の概要

 

2020年4月1日施行予定の改正民法(債権法)において、時効制度も大きく変わることになりました。

 

時効制度に関する主な改正点は、

  1. 消滅時効の援用権者に関するもの
  2. 時効の中断等に関するもの
  3. 時効の起算点と期間に関するもの
  4. 生命・身体に対する損害賠償請求に関するもの
  5. 不法行為の消滅時効期間に関するもの

です。

今回のコラムでは、実務的に影響の大きい「時効の起算点と期間」を中心にご説明致します。

 

現行法の規律

 

現行民法及び商法では、消滅時効の規律は、概要、次のようなものとなっています。

⑴ 債権の消滅時効は権利を行使できる時から10年(但し商行為によって生じた債権は5年)

⑵ 不法行為によって生じた損害賠償請求権は損害及び加害者を知った時から3年

⑶ 医者の診療報酬や設計士の報酬は3年、弁護士の報酬は2年、卸売商人の代金は2年、飲食代金や運送賃は1年 等

 

※ 上記以外にも規律があり、労働基準法などの特別法にも種々の規律があります。

 

現行法の問題点

 

現行法では、職業別に短期の消滅時効が定められていますが、これらの規定には、多くの問題点がありました。

 

まず職業別に短期の消滅時効が定められているため、どの規定が適用されるのかを確認する手間や適用の誤り、見落としの可能性が発生することや、新しく生まれた業務について、これら規定の適用を受けるか否かの判断が難しいケースが発生していました。

 

さらに類似する債権、あるいは隣接する職種が生じてきたにもかかわらず、それら債権には短期の消滅時効が適用されない結果、時効期間において大きな相違が発生することから、そもそも職業別の短期消滅制度の合理性に疑問が生じていました。

 

また現行法では、10年という一般の消滅時効期間に対する特則として、商行為によって生じた債権については、5年という短期の消滅時効期間が定められていましたが、これも適用対象が不明確であるとか、銀行の貸付債権には適用され、信用金庫の貸付債権には適用されない、といった不合理性が指摘されていました。

 

職業別の短期消滅時効の廃止と時効期間長期化の回避

 

かかる問題点を受けて、今回の改正により、職業別の短期消滅時効は廃止されることになりました。

もっとも、これにより、短期消滅時効の適用の有無について迷うことは無くなるものの、これまで短期の消滅時効期間が適用されてきた債権について、10年間というこれまでよりも長期の時効期間に服するとなると、債務者は支払を証する資料(領収書等)を長期間保存しなくてはならないといった弊害が懸念されました。

 

この弊害の解消方法として、10年という時効期間を5年とする案が法制審議会において検討されましたが、時効の起算点である「権利を行使することができる時」から5年とすると、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権の場合、債権者(被害者)が大きな不利益を被る可能性があるという問題点が指摘されました。

 

そこで、改正法では、「権利を行使することができる時」から10年という消滅時効の外に、新たに「権利を行使することができることを知った時」から5年という消滅時効を新たに設けることになりました。

 

改正法における消滅時効制度

 

このように、改正法では、

  • 「権利を行使することができる時」という客観的起算点から10年間
  • 「権利を行使することができることを知った時」という主観的起算点から5年間

 

という2つの規律が設けられ、いずれかに該当すれば消滅時効が完成することになりました。

現行法下で職業別の短期消滅時効が適用されてきた債権については、一般的に、債権者があらかじめ契約時から「権利を行使することができることを知っ」ていると考えられますので、客観的起算点と主観的起算点が一致し、そこから5年で消滅時効が完成するのが通常と考えられ、領収書の保存等、時効の長期化による負担を軽減することが可能となります。

一方、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権については、客観的起算点から10年間(「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の場合は20年間)の時効期間が維持されることにより、債権者が被る不利益の回避が図られたといえます。

 

なお、主観的起算点から5年で消滅時効が完成するという規律を導入したため、5年の商事消滅時効は廃止されることになりました。

 

※ 改正法では、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の時効期間については、生命・身体に侵害を受けた被害者の権利行使の機会を十分に確保すべく、客観的起算点から20年間とされ、財産等の侵害による請求権に比して、客観的起算点からの時効期間の長期化が図られました。

 もっとも、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」についても、改正法下において、主観的起算点から5年間で時効消滅することは、財産等の侵害による請求権と同様です。よって、例えば、医療過誤による事故や労働契約上の安全配慮義務違反による事故など、生命・身体の侵害に関する債務不履行による損害賠償請求の場合でも、事故時から被害者が「権利行使することができることを知った」と言えるような状況であれば、その時点から5年間で時効消滅することになり、現行法(10年)より時効期間が短期化することになりますので、この点は注意が必要です。

(なお、生命・身体を害する不法行為による損害賠償請求権の時効期間について、現行法では主観的起算点から3年間とされていたものが、改正法では5年間となり、生命・身体の侵害による損害賠償請求権について、債務不履行、不法行為のいずれによる場合も、消滅時効期間は同じとなりました。)

 

※ 賃金債権の消滅時効は、現行の労働基準法第115条で2年とされています。賃金債権の時効期間が現行の2年のまま維持されるのか、それとも、改正民法で債権の消滅時効が原則5年(主観的起算点から)となることとのバランス上、賃金債権についても時効期間を延ばすべく労働基準法も改正されるのか、企業側と労働者側で意見が対立している模様であり、本コラム執筆時においては、結論が出ていない状況です。

 

実務上の留意点

 

客観的起算点から10年、主観的起算点から5年、という2つの規律の適用関係に留意する必要があります。

すなわち、客観的起算点から10年、あるいは主観的起算点から5年のいずれか早い時期を経過すれば時効期間は完成してしまうということです。

例えば、客観的起算点から7年を経過した後に「権利を行使することができることを知った」(主観的起算点)としても、客観的起算点から10年で時効期間は完成するのであり、主観的起算点から5年(客観的起算点から12年)で時効期間が完成するわけではないということです。

 

また、改正法施行日は2020年4月1日とされていますが、施行日前に生じた債権については現行法の規律が適用されます。

この「施行日前に債権が生じた場合」には、「施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。」とされています。

例えば、施行日前に請負契約が締結され、施行日後に請負業務が完成して報酬請求権が発生したような場合は,現行法の規律が適用されることになります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

 

2018年12月5日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その1~自筆証書遺言に関する改正

相続に関する改正法が成立

 

相続に関する改正法が平成30年7月6日に国会で成立し、同年7月13日に公布されました。

 

以前、当サイトのコラム自筆証書遺言って面倒?~方式緩和検討中において、

自筆証書遺言の方式が緩和される?

自筆証書遺言書の保管制度が創設されるかも?

といった改正案の検討状況をご紹介していましたが、これらの点も改正法が成立しました。

 

今回のコラムは、自筆証書遺言に関する改正の概要をご説明します。

 

 

自筆証書遺言の方式緩和~財産目録は自筆でなくてもOK

 

自筆証書遺言の場合、現行の民法では、「全文、日付及び氏名」を全て自筆で書き、これに印を押す必要があります。

しかし、遺言書の全てを自筆で書くとなると、財産が多岐にわたる場合や、財産を残したい相手が複数名に及ぶ場合などには、相当長文で細かい内容の遺言になることがあり、特に財産内容の詳細を正確に全部自筆で書くのはかなり労力が必要です。

 

この点、改正により民法968条2項が新設され、自筆証書遺言に財産目録を添付する場合には、その財産目録については、自筆でなくてもよいことになりました。

具体的には、財産目録はパソコンで作成してプリントアウトしたものを添付しても構いませんし、あるいは、不動産登記事項証明書や預貯金通帳のコピー等を財産目録として添付することも可能です。

但し、これら自筆でない財産目録は、全てのページ(両面に記載がある場合は両面とも)に、遺言者が自筆で署名し、かつ押印をしなければなりません。

具体的なイメージは、法務省のwebサイトにサンプルが掲載されています。

 

なお、自筆証書遺言の方式緩和については、2019年(平成31年)1月13日から施行されますので、それ以後に自筆証書遺言を作成する場合は、上記の方式で作成することが可能となります。

もっとも、施行後も、財産目録も含め全て自筆で書きたい方は、勿論自筆で書いても構いませんが、財産目録の内容に誤記や漏れがないよう、正確に記載するようにしてください。

 

自筆証書遺言保管制度の創設

 

また、法務大臣の指定する法務局(遺言保管所)において自筆証書遺言を保管する制度が新たに創設されることになりました。

(詳細は法務省のwebサイトにも掲載されています。)

 

保管の対象となるのは、民法968条の自筆証書によってした遺言(自筆証書遺言)に係る遺言書のみです。

また、遺言書は、封のされていない法務省令(別途定められる予定)で定める様式に従って作成されたものでなければなりません。

 

遺言書の保管を申請するには、遺言者の住所もしくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言保管所に、遺言者自ら出頭して行う必要があります。

保管申請がなされた遺言書は、遺言保管所の施設内で原本が保管されるとともに、その画像情報等が管理されます。

遺言者の死後、相続人や受遺者等は、遺言書保管所に遺言が保管されているかどうかを照会し、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求や遺言書原本の閲覧請求ができます。

 

また、遺言保管所に保管されている遺言書については、遺言者の死後、家庭裁判所の検認の手続が不要となりました。

 

なお、現在は、まだこの自筆証書遺言保管制度は始まっておらず、自筆証書遺言を法務局に預けることはできませんのでご注意ください。この保管制度は、遅くとも2020年7月13日までに始まるとされていますが、具体的な日程は今後政令で定められることになります。(※)

また、遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書等の交付請求をするには、政令で定める額の手数料の納付が必要となります。

 

(※)追記(2018.11.27)

2018年11月21日公布の政令により、自筆証書遺言の保管制度が施行されるのは、2020年7月10日となりました。

 

[弁護士 奥田聡子]

2018年10月19日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe