時効制度改正の概要
2020年4月1日施行予定の改正民法(債権法)において、時効制度も大きく変わることになりました。
時効制度に関する主な改正点は、
- 消滅時効の援用権者に関するもの
- 時効の中断等に関するもの
- 時効の起算点と期間に関するもの
- 生命・身体に対する損害賠償請求に関するもの
- 不法行為の消滅時効期間に関するもの
です。
今回のコラムでは、実務的に影響の大きい「時効の起算点と期間」を中心にご説明致します。
現行法の規律
現行民法及び商法では、消滅時効の規律は、概要、次のようなものとなっています。
⑴ 債権の消滅時効は権利を行使できる時から10年(但し商行為によって生じた債権は5年)
⑵ 不法行為によって生じた損害賠償請求権は損害及び加害者を知った時から3年
⑶ 医者の診療報酬や設計士の報酬は3年、弁護士の報酬は2年、卸売商人の代金は2年、飲食代金や運送賃は1年 等
※ 上記以外にも規律があり、労働基準法などの特別法にも種々の規律があります。
現行法の問題点
現行法では、職業別に短期の消滅時効が定められていますが、これらの規定には、多くの問題点がありました。
まず職業別に短期の消滅時効が定められているため、どの規定が適用されるのかを確認する手間や適用の誤り、見落としの可能性が発生することや、新しく生まれた業務について、これら規定の適用を受けるか否かの判断が難しいケースが発生していました。
さらに類似する債権、あるいは隣接する職種が生じてきたにもかかわらず、それら債権には短期の消滅時効が適用されない結果、時効期間において大きな相違が発生することから、そもそも職業別の短期消滅制度の合理性に疑問が生じていました。
また現行法では、10年という一般の消滅時効期間に対する特則として、商行為によって生じた債権については、5年という短期の消滅時効期間が定められていましたが、これも適用対象が不明確であるとか、銀行の貸付債権には適用され、信用金庫の貸付債権には適用されない、といった不合理性が指摘されていました。
職業別の短期消滅時効の廃止と時効期間長期化の回避
かかる問題点を受けて、今回の改正により、職業別の短期消滅時効は廃止されることになりました。
もっとも、これにより、短期消滅時効の適用の有無について迷うことは無くなるものの、これまで短期の消滅時効期間が適用されてきた債権について、10年間というこれまでよりも長期の時効期間に服するとなると、債務者は支払を証する資料(領収書等)を長期間保存しなくてはならないといった弊害が懸念されました。
この弊害の解消方法として、10年という時効期間を5年とする案が法制審議会において検討されましたが、時効の起算点である「権利を行使することができる時」から5年とすると、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権の場合、債権者(被害者)が大きな不利益を被る可能性があるという問題点が指摘されました。
そこで、改正法では、「権利を行使することができる時」から10年という消滅時効の外に、新たに「権利を行使することができることを知った時」から5年という消滅時効を新たに設けることになりました。
改正法における消滅時効制度
このように、改正法では、
- 「権利を行使することができる時」という客観的起算点から10年間
- 「権利を行使することができることを知った時」という主観的起算点から5年間
という2つの規律が設けられ、いずれかに該当すれば消滅時効が完成することになりました。
現行法下で職業別の短期消滅時効が適用されてきた債権については、一般的に、債権者があらかじめ契約時から「権利を行使することができることを知っ」ていると考えられますので、客観的起算点と主観的起算点が一致し、そこから5年で消滅時効が完成するのが通常と考えられ、領収書の保存等、時効の長期化による負担を軽減することが可能となります。
一方、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権については、客観的起算点から10年間(「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の場合は20年間)の時効期間が維持されることにより、債権者が被る不利益の回避が図られたといえます。
なお、主観的起算点から5年で消滅時効が完成するという規律を導入したため、5年の商事消滅時効は廃止されることになりました。
※ 改正法では、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の時効期間については、生命・身体に侵害を受けた被害者の権利行使の機会を十分に確保すべく、客観的起算点から20年間とされ、財産等の侵害による請求権に比して、客観的起算点からの時効期間の長期化が図られました。
もっとも、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」についても、改正法下において、主観的起算点から5年間で時効消滅することは、財産等の侵害による請求権と同様です。よって、例えば、医療過誤による事故や労働契約上の安全配慮義務違反による事故など、生命・身体の侵害に関する債務不履行による損害賠償請求の場合でも、事故時から被害者が「権利行使することができることを知った」と言えるような状況であれば、その時点から5年間で時効消滅することになり、現行法(10年)より時効期間が短期化することになりますので、この点は注意が必要です。
(なお、生命・身体を害する不法行為による損害賠償請求権の時効期間について、現行法では主観的起算点から3年間とされていたものが、改正法では5年間となり、生命・身体の侵害による損害賠償請求権について、債務不履行、不法行為のいずれによる場合も、消滅時効期間は同じとなりました。)
※ 賃金債権の消滅時効は、現行の労働基準法第115条で2年とされています。賃金債権の時効期間が現行の2年のまま維持されるのか、それとも、改正民法で債権の消滅時効が原則5年(主観的起算点から)となることとのバランス上、賃金債権についても時効期間を延ばすべく労働基準法も改正されるのか、企業側と労働者側で意見が対立している模様であり、本コラム執筆時においては、結論が出ていない状況です。
実務上の留意点
客観的起算点から10年、主観的起算点から5年、という2つの規律の適用関係に留意する必要があります。
すなわち、客観的起算点から10年、あるいは主観的起算点から5年のいずれか早い時期を経過すれば時効期間は完成してしまうということです。
例えば、客観的起算点から7年を経過した後に「権利を行使することができることを知った」(主観的起算点)としても、客観的起算点から10年で時効期間は完成するのであり、主観的起算点から5年(客観的起算点から12年)で時効期間が完成するわけではないということです。
また、改正法施行日は2020年4月1日とされていますが、施行日前に生じた債権については現行法の規律が適用されます。
この「施行日前に債権が生じた場合」には、「施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。」とされています。
例えば、施行日前に請負契約が締結され、施行日後に請負業務が完成して報酬請求権が発生したような場合は,現行法の規律が適用されることになります。
[弁護士 奥田孝雄]