所有者不明土地問題について民間有識者研究会が提言を発表
先頃の報道によると、民間有識者らでつくる「所有者不明土地問題研究会」(座長:増田寛也元総務相)が、12月13日、所有者不明土地の解消に向けた提言の最終報告を発表したとのことです。
そもそも所有者不明土地問題って何?と思われる方もおられるでしょう。
土地の所有者は、不動産登記簿に記載されており、法務局で登記簿を閲覧すれば、その土地の所有者が誰であるか、わかる仕組みとなっています。
ところが、登記簿を見ても、現在の所有者がすぐにはわからない、あるいは、所有者が判明しても連絡がつかない、といった土地が多数発生しているというのです。
このような所有者不明土地は、例えば、自治体にとっては、公共事業用地の取得や、農地の集約化、森林の適正な管理等を行う上で支障を来しかねず、喫緊の課題となっており、国土の適切な管理や、防犯・防災・国土強靱化等の観点からも問題であると指摘されています。
上記研究会の最終報告においては、所有者不明土地問題に関する今後の施策について、様々な提言が述べられています。
また、政府も、所有者不明土地問題の解消に向け、法定相続情報証明制度の利用範囲の拡大推進、長期相続登記未了土地の解消に向けた仕組みの創設、相続登記の促進のための登録免許税の特例の要望など、様々な取組を進めようとしています。
なぜ登記簿を見ても所有者が分からないのか
そもそも、なぜ不動産登記簿を見ても、所有者がすぐにわからないということが起こりうるのでしょうか。
その原因の一つが、相続登記を行わないまま長年放置されている土地や建物が多数存在するということです。
不動産の所有者が亡くなると、法律上は、その不動産を相続した人が所有者となります。
しかし、不動産登記簿上の所有者名義は自動的に相続人には変わりません。
登記簿上の所有者を相続人に変更するには、相続人自らが法務局に申請して相続登記の手続を取らなければならないのです。
この相続登記手続には、相続関係を示す戸籍などの書類を揃えなければならないほか、遺言がある場合や家裁の調停・審判手続等を経た場合などを除き、基本的に共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となります。
金銭的には、戸籍等の書類取り寄せ費用や法務局に納める登録免許税などの実費がかかりますし、登記申請手続を司法書士さんに依頼すればその報酬も必要となります。
他方、今のところ、相続登記をいついつまでに行わなければならない、といった決まりはありません。
相続登記をしてください、といったお知らせが国などから来ることもありません。
上記のとおり、相続登記には費用や労力がかかる反面、相続登記を行わなくても、さしあたって特に支障がないことも多いため、すぐに登記しなくてもいいや、と軽い気持ちで放置されるケースも少なくないのです。
また、そもそも、登記簿を相続人の所有名義にするには相続登記手続をしなければならない、ということを知らないまま、という方もいらっしゃるようです。
相続人自身が居住している自宅などであれば、相続登記手続を速やかに取る人が比較的多いとは思いますが、筆者が経験した事案では、先祖代々の本家として居住してこられた自宅について、数十年間、相続登記を行っておられず、とうの昔に亡くなられた数代前の人の所有名義のままとなっていたケースもありました。
ましてや、遺産の不動産が行ったこともないような遠くなどであったり、利用しにくい土地だったりすると、ますます相続登記を行うことなく放置されやすいと言えます。
相続登記をしないで放置することのリスク
では、相続登記を行わないまま放置すると、その不動産を相続した所有者にとっては、どのような事態が起こりうるでしょうか。
不動産を相続した当初は、さしあたって支障がなかったとしても、年月が経って、いざその不動産を売却したい、とか、その不動産を担保にお金を借りたい、といった状況になった場合、登記簿上の所有名義が亡くなった人のままでは、売却も借入も進めることができません。
そこで、改めて相続登記を行って所有名義を変更する必要が出てくるわけですが、相続登記を行うには、先に述べたとおり、基本的に、亡くなった所有名義人の共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要です。
ところが、相続登記を行わないまま年月が経つと、共同相続人の中にも亡くなる人が現れてきます。そうなると、相続登記を行うには、その亡くなった共同相続人のさらに相続人による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となってきます。亡くなる人が増えるたび、相続登記を行うために協力が必要な相続人の数がどんどん増える、と言う事態が生じ得るのです。
結果的に、登記簿上の所有名義を変更する必要が生じた段階でいざ相続登記を行おうとしても、相続人が膨大な人数になっていたりすることもあるのです。
先ほど挙げた、数代前の人の所有名義のままだった事案では、相続人が数十名にのぼってしまっており、当該不動産に居住されている方の所有名義に変更すべく相続登記するためには、他の相続人全員の承諾をもらう必要が生じてしまいました。
もっとも、その事案では、ほとんどの相続人同士が懇意にされていたため、何とか全員の承諾を得て、幸い相続登記をすることができました。
ところが、事案によっては、相続人同士が疎遠であったり、相続人の中に音信不通や行方不明の人がいることもあります。
特に、子どもがおられない場合は、相続人が兄弟姉妹や甥姪にまで広がり、相続人の数が膨大になりやすいだけでなく、相続人同士がほとんど会ったこともない間柄ということもありえます。そうなると、いざ不動産を自分の所有名義にしたいと思っても、相続人全員の承諾をもらうどころか、相続人の所在を探し当てて連絡を取ることすら大変苦労するということがあります。
また、どうしても行方がつかめない相続人がいたりすると、名義を変更するためには、さらに費用と労力をかけて、不在者財産管理人を家庭裁判所で選任してもらう手続を取るしかない、という事態に陥ることもあります。
さらに、近時、よく直面するのが、相続人の中に認知症になる人が出てくるケースです。認知症の進行により判断能力が低下してしまわれた場合、家庭裁判所でその人の成年後見人を選任してもらわなければ、不動産の遺産分割協議が進められない事態も生じてきます。
例えば、こんな事態も起こりうるかも…
例えば…
Aさんの父親が亡くなりました。
母親はだいぶ前に亡くなっていたため、相続人はAさん(60歳)、Aさんの姉(68歳)、弟(58歳)の三名です。
相続人三名で協議した結果、遺産のうち自宅の土地建物は、父親と同居していたAさんが相続して住み続けることとし、姉と弟は遺産の預金を半分ずつ相続することで円満に決まりました。
姉と弟は、自宅をAさん名義に変えるのに必要な書類があれば、いつでもハンコを押すよ、と言ってくれましたが、Aさんは、登記の費用もかかるし、すぐに登記しなくても住み続けるには問題ないだろう、と軽く考え、亡父所有名義のまま放置してしまいました。
その後、8年が経ち、Aさんは、うっかり骨折してしまったのを機に、自宅土地建物を売却して便利な場所に引っ越したいと考えるようになりました。
しかし、登記簿上の所有名義は亡父のままであるため,このままでは売却できません。
Aさんは、自宅を売却するため、とりあえず自分の所有名義に相続登記したいと考えました。
ところが、8年の間に状況は一変していました。
弟は経営していた会社が去年倒産し、以来音信不通となってしまっており、連絡先すらわからない状態となっていたのです。
また、姉は、数年前に病気で亡くなっており、姉に子どもはおらず、姉の夫も後を追うように亡くなってしまっていました。相続登記をするには、姉の夫の相続人の協力が要るようだと耳にしましたが、これまで親戚づきあいがほとんどなかったため、誰が相続人なのか、Aさんには俄かにはわかりません。
その後、苦労して調べた結果、姉の夫には、相続人として、兄が2名、姉が1名、妹が1名いるらしいことが判明しました。
Aさんから、これらの人々に対し、相続登記に協力してほしいと手紙を送ったところ、一番下の妹さんから、次のような返事がありました。
「私たち相続人の協力が必要とのことですが、姉は数年前から認知症を発症しており、相続登記に協力してほしいというAさんからの依頼を理解するのは難しい状況です。また、一番上の兄はつい2週間前に心筋梗塞で突然亡くなりました。この兄には、相続人として妻と息子二人がいますが、息子のうち一人はカメラマンで、数年かけて海外を放浪しているらしく、兄の葬儀の際も連絡がつかなかったようで、今回のAさんからのお申し出もいつ伝えられるかわからないようです…」
…これは、筆者が考えた架空のケースではありますが、似たような事案は実際に起きており、決して絵空事ではありません。
Aさんからしたら、弟が音信不通になってしまうとか、相続登記を行うのに姉の夫の兄の息子(海外放浪中)の協力が必要になるなどとは、到底予想だにしなかったでしょう。
父親が亡くなった直後、相続人三名で協議した際に相続登記をしていれば、Aさんと姉弟の三名で、容易にAさんの名義に登記できたはずなのに…
万が一このような事態に陥ることを避けるために、不動産を相続されたら、速やかに相続登記を行い、ご自身の所有名義にすることをお勧めします。
[弁護士 奥田聡子]