約款とは?
私たちの日常生活においては、画一的に取り扱われることより、取引コストが低減され、円滑かつ安定的にサービス等を受けることができる取引(契約)が多くあります。
鉄道、電気・ガスなどの公共サービス、預金、保険などの金融サービスなどが代表的です。
このような取引においては、「約款」と称される定式化された契約条項が用いられることがほとんどであり、私たちは、「約款」の存在や内容について、普段、余り意識せずにサービスを受けているのが実情でしょう。
約款の問題点
民法の原則では、当事者が契約の内容を認識した上で合意(意思表示)することで契約の拘束力が生じるとされていますが、約款による取引においては、一方当事者(大抵の場合、消費者)が約款の内容について認識していないことが多いにもかかわらず、約款による拘束力が生じるのか、という理論的な問題点があります。
また、他方当事者(大抵の場合、事業者)が提供する約款は、事業者にとって一方的に有利であったり、あるいは消費者が修正を求めても受け入れられないことが大半であるため、約款による拘束力を認めるための要件をどのように設定するのか、という問題もあります。
改正民法の規律
改正前の民法では、約款に関する規定が存在せず、約款の有効性やその要件、あるいは事後的な変更のための要件などについては、許認可が必要とされている取引を除いては、主に約款の解釈(及びそれに基づく裁判例の集積)によって規律がなされてきましたが、現代社会において重要な役割を担っている約款取引の法的安定性を確保する観点からは、民法に規定を新設する必要が高いと考えられていました。
今回の民法改正においては、「定型約款」という概念を定め、定型約款による契約の成立要件や定型約款の変更要件等について、規定を新設しました。
定型約款とは
改正民法では、定型約款とは、定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの)において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体、と定義されました(改正民法548条の2第1項)。
このように「定型約款」が定義されたことから、次のようなことが言えます。
① 労働契約のような相手方の個性に着目して行われる取引については、定型取引に該当しない。
② 画一的であることが当事者双方にとって合理的ではないものは、定型取引に該当しない。
※保険契約のように、契約の性質上その内容が画一的でなければならないものや、鉄道の乗車契約のように、顧客ごとに契約内容を変え得ることを前提とすると、迅速かつ安価なサービス提供に支障が生じるなど、契約内容を画一化することで相手方も直接・間接に利益を享受していると客観的に評価することができるもの(一問一答民法(債権関係)改正・商事法務244頁注2)は含まれますが、取引内容を画一的にすることについて、当事者の一方のみに利便性が認められるに過ぎないものは含まれません。
③ 個別交渉により修正の余地がある場合は、一方が用意した条項の総体を他方がそのまま受け入れることはないため、定型取引に該当しない。
定型取引に該当するような取引であれば、事業者間取引であっても、定型約款として規律されます。
定型約款の条項が取引内容となるための要件
上記のような定型約款に該当する条項が契約の内容になるためには、次の要件を満たす必要があります。
① 当事者が、定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたこと。
② 定型約款を準備した者(定型約款準備者と呼ばれます)が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
①が定型約款に該当する条項が契約の内容になるのは、合意の拘束力という面からは肯定しやすいでしょう。
②は、①の合意(黙示の合意を含む)が認定できないような場合でも、定型約款を利用した取引の安定を図るために設けられました。このような趣旨から、「表示」は、実際の取引を行う際に、相手方に対して、個別に示されている必要があると解されています。インターネットを介した取引などであれば契約締結画面までの間に画面上で認識可能な状態に置くことが必要とされています(前掲一問一答250頁)。
なお、相手方の権利を制限し、または相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様およびその実情並びに取引上の社会通念に照らして民法1条2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意しなかったものとみなされます(改正民法548条の2第2項)。
定型約款準備者が負う義務
定型約款準備者は、定型取引合意の前、または定型取引合意後相当期間内に相手方から請求があった場合には、約款内容の開示義務を負い(改正民法548条の3第1項)、これを拒んだ場合は、正当事由がある場合を除き、定型約款は契約の内容になりません(同条第2項)。
定型約款準備者が、定型取引合意の前に、定型約款を相手方に交付(電子メールも可)していた場合には、開示義務はありません(同条第1項ただし書)。
定型約款の変更
定型約款が用いられる契約において、その後、法令の改定や社会状況の変化により、定型約款の内容を変更する必要が生じる場合が考えられます。この時、相手方の個別同意が必要であるとすると、相手方が不特定多数である場合が多いため、全員の同意を得るのが困難、あるいは同意を得るために多大なコストが発生することになりかねません。
かかる不都合を回避するため、改正法では、定型約款変更に関するルールが定められました(改正民法548条の4)。
ルールの内容は、実体的要件と手続的要件とに分けられております。
実体的要件として、次のいずれかに該当する必要があります(改正民法548条の4第1項)。
① 定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合するとき。
② 定型約款の変更が、契約の目的に反せず、かつ変更の必要性、変更後の内容の相当性、定型約款を変更することがある旨の定めの有無及びその内容、その他の変更にかかる事情に照らして合理的なものであるとき。
※②の「その他の変更にかかる事情」としては、相手方にとって不利益となる変更について解除権を付与する措置が講じられていることや、個別同意を得ることの困難性などとされています(法制審議会民法(債権関係)部会資料83-2「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(案)補充説明」41頁)。
手続的要件としては、定型約款準備者は、次の行為をしなければなりません(改正民法548条の4第2項)。
③ 定型約款変更の効力発生時期を定める。
④ 定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットなどの適切な方法により周知する。
※上記②による変更は、効力発生時期が到来するまでに「周知」されなければ効力は生じません(改正民法548条の4第3項)。
経過措置
定型約款に関する規定は、改正民法施行日前に締結された定型取引にかかる契約についても適用があるため(附則33条1項本文)、注意が必要です。
もっとも、旧法の規定によって生じた効力は妨げられません(附則33条1項ただし書)。
これに対し、施行日までに当事者の一方(契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者を除く)が反対の意思を書面で表示すれば、その契約には改正法は適用されないとされています(附則33条2項、3項)。
最後に
定型取引に該当するものの内、消費者を相手方とするものには消費者契約法の適用があります。その場合に消費者契約法の不当条項規制と改正民法548条の2第2項の適用関係という理論的な問題のほかに、事業者においては、改正民法548条の2第2項に該当するような約款条項は、消費者契約法上の不当条項にも該当する場合が多く、その結果、約款条項の使用差止を受ける可能性もあることに注意する必要があります。
[弁護士 奥田孝雄]