民法(相続法)の改正その4~配偶者居住権

配偶者の法定相続分は変わらず、配偶者保護をはかる新制度が創設

 

平成30年7月6日に成立した改正民法(相続法)では、被相続人の配偶者の保護をはかる制度として、

①配偶者居住権

②配偶者短期居住権

③婚姻期間が20年以上である夫婦間での遺贈・贈与について持戻し免除の意思を推定する規定

が新設されました。

 

ちなみに、以前、当サイトのコラム「配偶者の法定相続分は増えるのか?~民法改正の動向について」でご紹介したとおり、当初、配偶者の法定相続分を現行(2分の1)から引き上げる案が検討されていましたが、パブリックコメントで反対意見が多数寄せられたことから、結局、法定相続分は現行のままとなりました。

 

今回のコラムでは、上記①の配偶者居住権の概要を取り上げます。

 

配偶者居住権とは

 

現行法下において、遺産が自宅不動産以外にほとんどないようなケースでは、配偶者がその自宅を相続して住み続けるために、他の相続人に代償金を支払う必要が生じることがあり、支払う資金がない場合は、配偶者は自宅を相続できず転居せざるを得ない、といった事態が生じることがあります。

 

遺された配偶者は多くの場合高齢でしょうから、住み慣れた自宅を出なければならないとすれば、切実な問題となります。かといって、配偶者自身が代償金を支払えるだけの預貯金を有していることはおそらくあまりないでしょう。

 

このような配偶者を保護すべく、今回の改正により、被相続人の配偶者が、被相続人所有の建物に相続開始時に居住していた場合に、遺産分割や遺贈等により、その居住建物の全部について無償で使用収益する権利(配偶者居住権)を取得できるものとされました。

 

なお、配偶者居住権は、2020年4月1日から施行されます。

遺産分割で配偶者居住権を取得できるのは、2020年4月1日以後に開始された相続(つまり2020年4月1日以後に亡くなった人の相続)からになります。

また、配偶者居住権に関する改正法の規定は、上記施行日前にされた遺贈には適用されません。

2020年4月1日より前に、配偶者居住権を遺贈する旨の遺言を作成しても、配偶者居住権に関する改正法は適用されず、当該遺贈の効力は認められませんので、この点は注意が必要です。

 

配偶者居住権の具体例

 

法務省のウェブサイトに掲載されている具体例を見てみましょう。

相続人:亡くなった人(被相続人)の妻と子(法定相続分は2分の1ずつ)

遺産:自宅(2000万円)及び預貯金3000万円

のケースで、現行法下では、妻が自宅を相続するとなれば、

妻の相続する遺産=自宅(2000万円)+500万円の預貯金

子の相続する遺産=預貯金2500万円

となるところ、改正法施行後は、自宅を配偶者居住権(1000万円)と負担付所有権(1000万円)に分け、

妻の相続する遺産=自宅の配偶者居住権(1000万円)+預貯金1500万円

子の相続する遺産=自宅の負担付所有権(1000万円)+預貯金1500万円

とすることが可能となり、妻は住む場所と生活費が確保できる、としています。

 

このように、配偶者にとっては、現行法に比べて、自宅に住み続けながら流動資産もより多く確保できる選択肢が拡がると言えます。

 

もっとも、現実には、被相続人の配偶者とその実の子が相続人の場合であれば、子は、遺産分割協議において、必ずしも法定相続分の取得を要求しないことも少なくありません。相続人全員が了解すれば、法定相続分とは異なる分け方をすることも可能です。

上記の具体例で、子は、「母親(被相続人の妻)が自宅不動産の所有権を相続してこれからもそこに住めばよいし、預貯金も自分は1000万円もらえればそれでよいので、母親が預貯金2000万円を相続すればよい。将来母親が亡くなったら、その時自分が自宅不動産を相続して売却しよう。」などと考えることもままあります。あるいは、預貯金を半分ずつ相続し、自宅不動産を母親(被相続人の妻)と子の共有名義にしておき、母親が住み続けることを子も了解する、という選択肢を取ることもあるでしょう。

 

これに対し、例えば、亡くなった夫には離婚歴があり、相続人は、前妻との間の子と後妻(死亡時の妻)である、といったケースでは、法定相続分どおりでなければ、前妻の子の納得を得ることが容易でない場合も多く、比較的紛争が起こりやすいといえます。そのような場合には、紛争の解決のために、配偶者居住権が活用されることも予想されます。

 

 

配偶者以外の相続人の立場からはどうか

 

もっとも、配偶者居住権は、配偶者以外の相続人の立場からすれば、なかなか容認しがたい場合も少なくないと考えられます。

 

というのも、配偶者居住権の存続期間は、原則として配偶者の終身とされています(改正民法1030条)。

被相続人の配偶者が自宅建物の配偶者居住権を取得し、他の相続人が配偶者居住権の負担付の自宅建物及び土地の所有権を取得する、という場合、原則として、配偶者が亡くなるまで、他の相続人は、当該土地建物を自ら使用できず、誰かに賃貸して収入を得ることもできないうえ、他の相続人が相続できる預貯金は、配偶者が自宅所有権を相続する場合に比して、より減ることになります。

 

配偶者以外の相続人の立場にたてば、いつになったら自分の自由になるのか分からない不動産なんかいらない、自宅土地建物の所有権は配偶者が相続すればよい、その代わり、自分は預貯金を多く取得したい、との主張がなされることも十分あり得るでしょう。

先述の法務省ウェブサイトの具体例は、自宅不動産のほかに預貯金も相応にあるケースですが、自宅不動産以外に預貯金がほとんどないようなケースでは、なおさら他の相続人の納得は得にくいと考えられます。

 

また、被相続人の配偶者と被相続人の兄弟姉妹が相続人である場合、当該兄弟姉妹も配偶者と同世代であることが通常でしょうから、「いつかは分からないが、将来配偶者が亡くなって配偶者居住権が消滅した後に当該不動産を使用したり売却したりできればそれでよい」といった心境にもなりづらいかもしれません。

 

価値評価の難しさ

 

現行法下の遺産分割でも、不動産の価格をいくらと評価するのか、相続人間で争いになるケースが少なくありません。ましてや、配偶者居住権は、改正法により新しく創設される権利ですので、配偶者居住権の価値をどのように算出するのか、なかなか難しい問題です。

この点、法務省のウェブサイトでは、配偶者居住権の価値評価について、簡易な評価方法が紹介されています。終身の間、配偶者居住権を設定したものとして、平均余命を前提に、配偶者居住権が消滅する時点の不動産の価値を算定しますが、負担消滅時まで所有者は利用できないので、その分の収益可能性を割り引く考え方です。

このような評価方法は一応の参考になると考えられますが、具体的な紛争案件においては、配偶者と他の相続人との間で主張が激しく対立することも十分考えられます。

 

配偶者居住権の創設により、遺産分割紛争が解決しやすくなるのかどうかは、率直なところ、未知数と感じます。

 

 

相続人間で合意できない場合

 

遺言がなく、相続人間の遺産分割協議・調停もまとまらない場合、配偶者は、家庭裁判所の遺産分割審判により、自己に配偶者居住権を認めてもらうことが可能ですが、他の相続人が合意していない場合は、「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要がある」場合でなければなりません(改正民法1029条2号)。

 

具体的にどのような場合がこれに当てはまるのか、この点も、改正法施行後の実務の動向を見る必要があるでしょう。

 

 

遺言を作成する場合

 

改正法施行後(2020年4月1日以後)に遺言を作成する場合、配偶者に配偶者居住権を遺贈する旨を定めることができるようになります。

 

もっとも、配偶者に配偶者居住権を遺贈するという選択肢を取ることがよいかどうかは、ケースバイケースです。

例えば、配偶者に自宅不動産の所有権を取得させても、他の相続人の遺留分(遺言にかかわらず最低限相続できる財産)を侵害しないようであれば、配偶者居住権ではなく、端的に自宅不動産の所有権を配偶者に取得させる旨の遺言を作成すればよい場合が多いと考えられます。

特に、推定相続人が、配偶者と被相続人の兄弟姉妹や甥姪である場合、兄弟姉妹や甥姪にはそもそも遺留分がありませんので、配偶者保護の観点からは、配偶者居住権を持ち出すまでもなく、自宅不動産の所有権を配偶者に取得させる旨の遺言を作成すればよいと言えます。

これに対し、例えば、自宅不動産が、被相続人が自身の親から相続した先祖代々の物件であり、配偶者が生きている間はそこに住めるようにしてやりたいが、配偶者が死亡した後は、被相続人の甥に継いでもらいたい、というような事情がある場合は、配偶者には配偶者居住権を遺贈し、自宅不動産の所有権は甥に遺贈する、といった遺言を作成することも一案でしょう。

 

(注)いささか細かい話になりますが、遺言による配偶者居住権の取得に関し、改正法では、配偶者居住権の取得要件として、「配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき」(改正民法1028条1項2号)とのみ規定されており、遺言で配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がなされた場合は含まれていません。(実務で多用されているいわゆる「相続させる」遺言については、最高裁平成3年4月19日判決において、特段の事情のない限り、遺産分割方法の指定と解すべきと判示され、以後そのように解されるのが一般です。)

 

法制審議会において、相続法改正の中間試案の段階では、遺言において配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がなされた場合も、配偶者居住権が成立するとされていました。しかし、中間試案に対するパブリックコメントで、配偶者居住権が遺贈された場合であれば配偶者はこれを放棄することができる(民法第986条第1項)のに対し、配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割方法の指定がされた場合には、配偶者は相続そのものを放棄しない限り、これを放棄することができないため、かえって配偶者の保護に欠ける結果となるおそれがあるとの指摘がされたとのことです。

このような指摘を踏まえ、法制審議会において、長期居住権の取得事由から「遺産分割方法の指定」による場合が削除され、遺言で配偶者に長期居住権を取得させる場合には遺贈に限るものとされた模様です。

 

よって、遺言で配偶者に配偶者居住権を取得させたい場合は、「配偶者居住権を相続させる。」ではなく、「配偶者居住権を遺贈する。」旨記載すべきと考えられます。

(もっとも、法制審議会において、「遺言の解釈の仕方として、できるだけ被相続人の意思を尊重して無効にならないように解釈するという解釈の仕方自体は、一般的に言われているところだと思いますので、そういった意味で、長期居住権の処分については遺贈でしかできないと規定すれば、少なくともその部分については被相続人の意思としては遺贈の趣旨だったのだろうということで、合理的な解釈がされることになるのではないかと考えているところでございます。」(法制審議会民法(相続関係)部会第15回会議(平成28年11月22日)開催の議事録31頁)といった議論がなされており、遺言において、「配偶者に配偶者居住権を相続させる」旨の記載がされたときでも、直ちに無効となるものではないと考えられます。)

 

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2019年10月8日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe