債権譲渡の意義
民法の教科書では、債権譲渡とは、債権の同一性を維持したまま、契約によって債権を移転することを指す、とされます。
無償で債権を譲渡することも可能ですが、有償、すなわち譲受人から対価を受け取って、債権を譲渡する場合が多いです。
有償で債権を移転する場合、譲渡人(当初の債権者)にとっては、債権の弁済期前に資金化を図ることができるというメリットがあり、企業の資金調達の1手法として活用されています。
改正前民法の問題点
改正前民法466条は、第1項で「債権は、譲り渡すことができる。」と規定しつつも、第2項において「前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。」と定めていました。
譲渡禁止特約が付された債権の譲渡は、譲受人との関係でも無効であると解されていたのです。
そもそも、譲渡禁止特約が認められたのは、債権者の交代により債務者側の事務処理が煩雑化することの回避や、債務者の相殺の確保のため等と言われています(これらは「債権者固定の利益」と呼ばれています。)。
しかし、これでは、企業、特に中小企業の資金調達を妨げかねず、また証券化などの新たな金融手法の妨げになるとの批判がありました。
改正民法の規律
そこで、2020年4月1日施行の改正民法は、これまでの規律を改め、「当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない。」(改正民法466条2項)と規定し、譲渡制限特約に反する譲渡も有効であるとしました。
ただし、預貯金債権に関しては、常にその金額が増減するという特殊性があり、また払戻しにより資金化することが簡単なため債権譲渡する必要性も乏しいことから、改正民法においても、譲渡制限特約を悪意又は重大な過失により知らない譲受人に対する債権譲渡は無効とされています(改正民法466条の5)。
改正民法の問題点
改正民法の施行前から、譲渡制限特約付きの債権の譲渡に関しては、譲渡制限特約付債権の譲渡が有効であるとしても、同特約に違反したことを根拠に債務者との契約を解除されるおそれがあるのではないか、という懸念が指摘されていました。
このような懸念に対しては、改正民法においても、債権者を固定する利益に配慮した上で債権譲渡を有効としているのであるから、譲渡制限特約付き債権の譲渡を認めても債務者の期待に反することにはならないとの見解が示されています。
すなわち、譲受人が譲渡制限特約を知っていた又は重過失により知らなかった場合、債務者は譲受人からの請求を拒むことができ、譲渡人に弁済すれば足り(改正民法466条3項)、譲受人が譲渡制限特約について善意・無重過失の場合でも、債務者は供託することで債務を免れることができるため(改正民法466条の2)、譲受人との取引を強いられる事態は回避できることが指摘されています。
この点、譲渡制限特約付きの債権に関し、資金調達目的での債権譲渡は契約の解除や損害賠償の原因とはならない、譲渡されても特段の不利益がないにもかかわらず、取引の打ち切りや解除を行うことは、極めて合理性に乏しく、権利濫用等に当たり得る、とする法務省の解釈が経済産業省ウェブサイトに示されています。
債権譲渡は促進されるのか
今日、譲渡制限特約付き債権の典型例としては、公共工事の請負代金債権や金融機関に対する預貯金債権が挙げられますが、後者については、先にも述べたとおり、改正民法においても、悪意又は善意・重過失の譲受人に対する債権譲渡は無効であるとされました(改正民法466条の5)(預貯金債権に譲渡制限特約が付されているのは半ば常識であるため、特段の事情のない限り、預貯金債権の譲渡はほぼ無効と判断されるでしょう。)。
前者については、債務者(国・地方公共団体)の信用リスクはほぼゼロであり、債権者である建設業者の資金調達を円滑化する必要性も高いため、資金提供者(譲受人になろうとする者)が現れる可能性も高いのではないかと思われます。
しかし、前述のような契約解除や損害賠償請求のリスクが存在すると、かかるリスクを冒してまで債権を譲渡しようとはしなくなり、改正民法の制度趣旨にそぐわない結果になりはしないかが、懸念されます。
他方、債務者としては、債権が転々譲渡されることによる事務の煩雑化やいわゆる反社会的勢力に債権が移転することを防止したいという利益が認められ、かかる利益を保護しつつ、債権者の資金調達の円滑化を図る方策が検討されるべきだと思われます。
具体的には、債権譲渡を一律に禁止するのではなく、特定の種類の譲受人への譲渡は認め、それ以外の者への譲渡は禁止するというものや、債権譲渡の回数を制約するもの、あるいは債権譲渡の目的を制約するもの等が考えられるところです。
なお、前掲の経済産業省のウェブサイトでは、改正法の趣旨に沿った実務慣行の形成に向けてとして、債務者に対し、譲渡制限特約を締結する場合であっても、金融機関等に対する資金調達目的での債権譲渡を禁じない内容とすることが望ましい、と提言しています。
譲渡人倒産時のリスク
譲渡制限特約付き債権の譲受人が、特約の存在について悪意又は善意・重過失の場合、債務者は、譲受人に対し、債務の履行を拒むことができ(改正民法466条3項)、債務者は、譲渡人に弁済をすることができます。この場合、譲受人は、債務者が譲渡人に弁済した金員を譲渡人から受領して債権を回収することになりますが、万一、譲渡人が倒産した場合、譲受人は、債務者から譲渡人に支払われた金員を譲渡人から回収することが困難となってしまいます。
このようなリスクがあれば、譲受人になろうとする者は、資金提供を躊躇したり、あるいは高額の手数料(譲渡人の信用リスクを基準に算定されることになると考えられる。)を要求するようになったりしかねず、資金調達の円滑化を図る観点からは好ましくありません。
そこで、改正民法466条の3は、譲渡人に破産手続開始決定があった場合は、債権の全額を譲り受け、第三者対抗要件を具備した譲受人は、悪意又は善意・重過失の譲受人であっても、債務者に対し、債権全額の供託を請求できる旨を規定しました。
譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合、譲受人は、速やかに上記の供託請求を行うことにより、譲渡人の無資力リスクを回避して、当該供託金から債権を回収することができます。
もっとも、この供託請求ができるのは、譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合のみです。
譲渡人の信用状態が悪化し、事実上の倒産状態に至ったとしても、譲受人は、債務者に供託を強制することはできません。
また、譲渡人に破産手続開始決定がなされた場合であっても、譲受人が供託請求を行う前に、債務者が譲渡人の破産管財人に弁済してしまった場合はどうなるでしょうか。
譲渡制限特約付き債権であったとしても、債権譲渡人と債権譲受人との間では債権譲渡は有効ですので、譲受人としては、譲渡人の破産管財人に対して、不当利得返還請求権を有することになり、当該請求権は財団債権(破産法148条1項5号)に該当すると考えられます。
財団債権は、優先的破産債権や一般破産債権に優先して弁済を受けることができますが、あくまでも破産財団が形成される限度で弁済を受けられるにすぎません。破産財団が財団債権の総額に満たない場合には、譲受人としては、他の財団債権者との按分割合で、債権の一部しか弁済を受けられないことになり、破産財団が乏しい案件では全く弁済を受けられない可能性もありえます。
また、破産手続以外の法的倒産手続(民事再生手続や会社更生手続)が開始した場合には、譲受人の債務者に対する供託請求は認められていません。
譲渡人に民事再生手続開始決定や会社更生手続開始決定がなされた後に、債務者が譲渡人に弁済した場合、譲受人としては、譲渡人に対して、やはり不当利得返還請求権を行使することで債権回収を図ることになります。当該請求権は共益債権(民事再生法119条6号、会社更生法127条6号)に該当すると考えられますので、譲受人は、譲渡人から随時弁済を受けることになります。民事再生や会社更生は、再建型の手続ですので、共益債権が弁済されないリスクは、破産手続の財団債権が弁済されないリスクよりは低いと考えられますが、再建が頓挫するケースもなくはなく、弁済を受けられない可能性もゼロではありません。
さらに言えば、債務者が譲渡人に弁済した後に、これらの法的倒産手続が開始された場合、譲受人の譲渡人に対する請求権は、法的手続開始前の原因に基づく債権として扱われると考えられます。この場合、破産手続であれば破産債権、民事再生手続であれば再生債権、会社更生手続であれば更生債権にそれぞれ該当し、他の債権者と平等な立場で、いわゆる債権カットの対象とならざるを得ず、ごくわずかの配当・弁済しか受けられないおそれが高いと言えます。
現実には、譲渡制限特約付き債権の譲渡人が倒産・経営破綻した場合、債務者は、トラブルに巻き込まれることを回避すべく、権利供託(改正民法466条の2)するケースも多いのではと思われますが、先に述べたとおり、譲受人から債務者に供託を請求できるのは、譲渡人に破産手続開始決定がなされ、かつ、債務がまだ弁済されていないタイミングに限られます。
改正民法においても、譲渡人の無資力・倒産リスクは、譲受人にとってなおもネックであると言え、債権譲渡を促進するうえでの課題と言えましょう。
[弁護士 奥田孝雄]