「遺言を開封します!」
先日書店に行くと、池井戸潤さん作の「アキラとあきら」が大量に平積みされており、池井戸ファンの筆者はついつい買ってしまいました。
WOWOWでドラマ化もされ、話題のようですね。
この作品には、主人公の一人として海運会社の御曹司が登場します。
その海運会社は同族会社。
経営者一族の人間模様が物語の大きな要素になっており、親族同士の葛藤、事業承継の難しさなど、池井戸作品ならではのリアリティあふれるダイナミックな展開が繰り広げられていきます。
物語が中盤にさしかかり、御曹司が敬愛するある人物が死去。
葬儀を終えた御曹司ほか遺族一同に対し、顧問弁護士から故人の遺言の存在が告げられます。
果たして遺言の内容は…?
豪邸の座敷に集まった遺族の前で、顧問弁護士が遺言を披露すべく封筒に鋏を入れる!
…チョキチョキ……
(あ…そこで開けちゃダメなんだけど…)
池井戸作品は、ビジネス社会の実際をリアルに反映させながらも、あくまでも一級品のエンターテインメント。
それは重々承知しています。
ここで遺言開けなきゃ、話は盛り上がらない!!!
きっとドラマでも、緊迫したドキドキのシーンになるんでしょうね。
遺族一同、固唾を吞んで弁護士の手元を見守り、静寂が座敷を支配する……
(庭の鹿威しカーン!みたいな。
筆者はWOWOWに加入しておらずドラマは見られないので、勝手な想像ですが…)
自筆証書遺言の開封は家庭裁判所で
ご存じの方も多いと思いますが、自筆で書かれた遺言(自筆証書遺言)の場合、遺言者が亡くなった後、速やかに家庭裁判所で検認手続を取ることが必要です(民法1004条1項)。
そして、封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができないとされています(民法1004条3項)。
そして、検認を経ないで遺言を執行したり家庭裁判所外において遺言書を開封した者は、5万円以下の過料に処するとされているのです(民法1005条)。
ですから、いくら話を盛り上げるためでも、現実の世界では、家庭裁判所の手続きを取らずに、豪邸の座敷で葬儀の直後に遺言書の封を勝手に開けてはいけません。
もっとも、故人の遺言書を発見し、万一、うっかり封を開けてしまっても、それで遺言が無効になるわけではありませんし、それだけで相続権を失うこともありません。
万一開けてしまった場合でも、速やかに家庭裁判所で検認の手続きを取りましょう。
しまった!と動転して、その遺言を隠したり、捨ててしまったりすると、遺言の隠匿や破棄になってしまい、それこそ相続権を失いかねませんので、くれぐれもお気を付けください。
自筆証書遺言の要件~方式が緩和される?
これもご存知の方が多いと思いますが、自筆証書によって遺言をするには、
「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」
と定められています(民法968条1項)。
このうち「全文を自書する」、すなわち遺言書の全文を遺言者自身が自筆で書かなければならない、という点が現実には結構大変です。
財産が多岐にわたり、かつ、財産を遺したい相手が複数名に及ぶような場合は、相当長文で細かい内容の遺言になることがあり、特に財産内容の詳細を正確に全部自筆で書くのはかなり労力を使います。
この点、現在、法制審議会で民法(相続関係)の改正が検討されており、自筆証書遺言の方式(全文自書)の緩和もテーマに挙げられています。
具体的には、財産を特定するために必要な事項については、パソコンで作成した目録や、不動産登記事項証明書、預貯金通帳の写しなどを添付することでもよい、とする案が出されています。
これらはあくまでもまだ検討中の改正案ですので、現段階で自筆証書遺言を作成する場合は、頑張って財産の詳細も全文自書していただく必要がありますが、今後、改正が実現してこのような緩和方式が認められるようになれば、自筆証書遺言の作成もだいぶ楽になるといえるでしょう。
自筆証書遺言の保管制度創設も検討中
また、改正案では、法務局に自筆証書遺言原本の保管をゆだねることができる制度の創設も検討されています。
自筆証書遺言の紛失や隠匿の防止に資する制度として検討されており、この制度を利用して保管された遺言書については、遺言者の死亡後、検認の手続きを不要とすることが検討されているようです。
とすると、仮に、この保管制度が創設されれば、ひょっとして、封印をした自筆証書遺言も自宅の座敷で開けちゃえるようになるのかな?
さすが時代を先取りする池井戸作品!
とフト思って調べてみたのですが…
法制審議会の改正要綱案のたたき台(1)によると、検討されている保管制度では、遺言書の原本を保管する際、法務局にて遺言書の内容を画像データにしたものを別個に保管し、仮に封緘された遺言書の保管の申請がなされた場合には、画像データ作成のため、遺言者本人の了解を得てこれを開封することを想定しているんだそうです。(万一の大規模災害等により遺言書原本が滅失した場合であっても、画像データを利用して遺言書の正本を作成することを想定した制度設計のようです。)
なので、封をしたままでは、そもそもこの保管制度は利用できない(封印したままでは預かってくれない)ということのようです。よって、仮にこの保管制度が創設されても、自筆証書遺言を封印をしたまま保管するのであれば、現在と同様、信頼できる親族や知人に預けておくとか、弁護士に保管を依頼する、といった形を取らざるを得ず、遺言者の死後も、検認手続を経て家裁で開封しなければならないことになると思われます。
なお、この検討中の保管制度では、遺言者の死亡後、相続人らは、法務局に対し、遺言書の保管の有無を照会することができ、遺言書があれば、原本の閲覧およびその遺言書の正本の交付を求めることができるが、遺言書原本そのものの交付を求めることはできない、とされているようです。
このような保管制度が創設されれば、確かに、自筆証書遺言の紛失や破棄・隠匿といった事態は防ぎやすくなるでしょうが、遺言書原本を預かるうえに画像データまで保管し、検索システムまで備えることを想定しているようですので、全国規模でこのような保管制度を創設するには、かなりのコストや準備期間がかかるのでは?とも思われます。
日弁連は、そもそも制度創設の必要性が乏しいうえ、多額の費用が必要になると想定され、情報流出の懸念も完全に否定できない、などとして、制度の創設に反対の意見を述べています。
この保管制度が実現するかどうかはまだ未知数と言えそうですが、今後の改正動向に注目したいと思います。
[弁護士 奥田聡子]