相続登記を放置するとどうなる?~所有者不明土地問題

所有者不明土地問題について民間有識者研究会が提言を発表

 

先頃の報道によると、民間有識者らでつくる「所有者不明土地問題研究会」(座長:増田寛也元総務相)が、12月13日、所有者不明土地の解消に向けた提言の最終報告を発表したとのことです。

 

そもそも所有者不明土地問題って何?と思われる方もおられるでしょう。

土地の所有者は、不動産登記簿に記載されており、法務局で登記簿を閲覧すれば、その土地の所有者が誰であるか、わかる仕組みとなっています。

ところが、登記簿を見ても、現在の所有者がすぐにはわからない、あるいは、所有者が判明しても連絡がつかない、といった土地が多数発生しているというのです。

 

このような所有者不明土地は、例えば、自治体にとっては、公共事業用地の取得や、農地の集約化、森林の適正な管理等を行う上で支障を来しかねず、喫緊の課題となっており、国土の適切な管理や、防犯・防災・国土強靱化等の観点からも問題であると指摘されています。

上記研究会の最終報告においては、所有者不明土地問題に関する今後の施策について、様々な提言が述べられています。

 

また、政府も、所有者不明土地問題の解消に向け、法定相続情報証明制度の利用範囲の拡大推進、長期相続登記未了土地の解消に向けた仕組みの創設、相続登記の促進のための登録免許税の特例の要望など、様々な取組を進めようとしています。

 

 

なぜ登記簿を見ても所有者が分からないのか

 

そもそも、なぜ不動産登記簿を見ても、所有者がすぐにわからないということが起こりうるのでしょうか。

その原因の一つが、相続登記を行わないまま長年放置されている土地や建物が多数存在するということです。

 

不動産の所有者が亡くなると、法律上は、その不動産を相続した人が所有者となります。

しかし、不動産登記簿上の所有者名義は自動的に相続人には変わりません。

登記簿上の所有者を相続人に変更するには、相続人自らが法務局に申請して相続登記の手続を取らなければならないのです。

 

この相続登記手続には、相続関係を示す戸籍などの書類を揃えなければならないほか、遺言がある場合や家裁の調停・審判手続等を経た場合などを除き、基本的に共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となります。

金銭的には、戸籍等の書類取り寄せ費用や法務局に納める登録免許税などの実費がかかりますし、登記申請手続を司法書士さんに依頼すればその報酬も必要となります。

 

他方、今のところ、相続登記をいついつまでに行わなければならない、といった決まりはありません。

相続登記をしてください、といったお知らせが国などから来ることもありません。

上記のとおり、相続登記には費用や労力がかかる反面、相続登記を行わなくても、さしあたって特に支障がないことも多いため、すぐに登記しなくてもいいや、と軽い気持ちで放置されるケースも少なくないのです。

また、そもそも、登記簿を相続人の所有名義にするには相続登記手続をしなければならない、ということを知らないまま、という方もいらっしゃるようです。

 

相続人自身が居住している自宅などであれば、相続登記手続を速やかに取る人が比較的多いとは思いますが、筆者が経験した事案では、先祖代々の本家として居住してこられた自宅について、数十年間、相続登記を行っておられず、とうの昔に亡くなられた数代前の人の所有名義のままとなっていたケースもありました。

ましてや、遺産の不動産が行ったこともないような遠くなどであったり、利用しにくい土地だったりすると、ますます相続登記を行うことなく放置されやすいと言えます。

 

 

相続登記をしないで放置することのリスク

 

では、相続登記を行わないまま放置すると、その不動産を相続した所有者にとっては、どのような事態が起こりうるでしょうか。

不動産を相続した当初は、さしあたって支障がなかったとしても、年月が経って、いざその不動産を売却したい、とか、その不動産を担保にお金を借りたい、といった状況になった場合、登記簿上の所有名義が亡くなった人のままでは、売却も借入も進めることができません。

そこで、改めて相続登記を行って所有名義を変更する必要が出てくるわけですが、相続登記を行うには、先に述べたとおり、基本的に、亡くなった所有名義人の共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要です。

ところが、相続登記を行わないまま年月が経つと、共同相続人の中にも亡くなる人が現れてきます。そうなると、相続登記を行うには、その亡くなった共同相続人のさらに相続人による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となってきます。亡くなる人が増えるたび、相続登記を行うために協力が必要な相続人の数がどんどん増える、と言う事態が生じ得るのです。

結果的に、登記簿上の所有名義を変更する必要が生じた段階でいざ相続登記を行おうとしても、相続人が膨大な人数になっていたりすることもあるのです。

 

先ほど挙げた、数代前の人の所有名義のままだった事案では、相続人が数十名にのぼってしまっており、当該不動産に居住されている方の所有名義に変更すべく相続登記するためには、他の相続人全員の承諾をもらう必要が生じてしまいました。

もっとも、その事案では、ほとんどの相続人同士が懇意にされていたため、何とか全員の承諾を得て、幸い相続登記をすることができました。

ところが、事案によっては、相続人同士が疎遠であったり、相続人の中に音信不通や行方不明の人がいることもあります。

特に、子どもがおられない場合は、相続人が兄弟姉妹や甥姪にまで広がり、相続人の数が膨大になりやすいだけでなく、相続人同士がほとんど会ったこともない間柄ということもありえます。そうなると、いざ不動産を自分の所有名義にしたいと思っても、相続人全員の承諾をもらうどころか、相続人の所在を探し当てて連絡を取ることすら大変苦労するということがあります。

また、どうしても行方がつかめない相続人がいたりすると、名義を変更するためには、さらに費用と労力をかけて、不在者財産管理人を家庭裁判所で選任してもらう手続を取るしかない、という事態に陥ることもあります。

さらに、近時、よく直面するのが、相続人の中に認知症になる人が出てくるケースです。認知症の進行により判断能力が低下してしまわれた場合、家庭裁判所でその人の成年後見人を選任してもらわなければ、不動産の遺産分割協議が進められない事態も生じてきます。

 

 

例えば、こんな事態も起こりうるかも…

 

例えば…

Aさんの父親が亡くなりました。

母親はだいぶ前に亡くなっていたため、相続人はAさん(60歳)、Aさんの姉(68歳)、弟(58歳)の三名です。

相続人三名で協議した結果、遺産のうち自宅の土地建物は、父親と同居していたAさんが相続して住み続けることとし、姉と弟は遺産の預金を半分ずつ相続することで円満に決まりました。

姉と弟は、自宅をAさん名義に変えるのに必要な書類があれば、いつでもハンコを押すよ、と言ってくれましたが、Aさんは、登記の費用もかかるし、すぐに登記しなくても住み続けるには問題ないだろう、と軽く考え、亡父所有名義のまま放置してしまいました。

その後、8年が経ち、Aさんは、うっかり骨折してしまったのを機に、自宅土地建物を売却して便利な場所に引っ越したいと考えるようになりました。

しかし、登記簿上の所有名義は亡父のままであるため,このままでは売却できません。

Aさんは、自宅を売却するため、とりあえず自分の所有名義に相続登記したいと考えました。

ところが、8年の間に状況は一変していました。

弟は経営していた会社が去年倒産し、以来音信不通となってしまっており、連絡先すらわからない状態となっていたのです。

また、姉は、数年前に病気で亡くなっており、姉に子どもはおらず、姉の夫も後を追うように亡くなってしまっていました。相続登記をするには、姉の夫の相続人の協力が要るようだと耳にしましたが、これまで親戚づきあいがほとんどなかったため、誰が相続人なのか、Aさんには俄かにはわかりません。

その後、苦労して調べた結果、姉の夫には、相続人として、兄が2名、姉が1名、妹が1名いるらしいことが判明しました。

Aさんから、これらの人々に対し、相続登記に協力してほしいと手紙を送ったところ、一番下の妹さんから、次のような返事がありました。

「私たち相続人の協力が必要とのことですが、姉は数年前から認知症を発症しており、相続登記に協力してほしいというAさんからの依頼を理解するのは難しい状況です。また、一番上の兄はつい2週間前に心筋梗塞で突然亡くなりました。この兄には、相続人として妻と息子二人がいますが、息子のうち一人はカメラマンで、数年かけて海外を放浪しているらしく、兄の葬儀の際も連絡がつかなかったようで、今回のAさんからのお申し出もいつ伝えられるかわからないようです…」

 

…これは、筆者が考えた架空のケースではありますが、似たような事案は実際に起きており、決して絵空事ではありません。

Aさんからしたら、弟が音信不通になってしまうとか、相続登記を行うのに姉の夫の兄の息子(海外放浪中)の協力が必要になるなどとは、到底予想だにしなかったでしょう。

父親が亡くなった直後、相続人三名で協議した際に相続登記をしていれば、Aさんと姉弟の三名で、容易にAさんの名義に登記できたはずなのに…

 

万が一このような事態に陥ることを避けるために、不動産を相続されたら、速やかに相続登記を行い、ご自身の所有名義にすることをお勧めします。

 

[弁護士 奥田聡子]

2017年12月28日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

認知症事故と損害賠償~最高裁判決とその後の自治体等の動向

 神戸市が認知症事故に救済制度を創設

 

先月末頃の報道によると、神戸市が、認知症と診断された高齢者等が起こした事故などについて、上限付きの給付金を支給する救済制度の創設を決めたとのことです。

 

今後、年度内に救済制度を盛り込んだ条例案をまとめて市議会に提案し、2019年度からの運用開始を目指すとしています。

 

給付金は公費負担を柱にし、金額は犯罪被害給付制度や自賠責保険の上限額3000万円を参考に検討するとのことであり、対象者や対象事故の詳細は今後さらに協議・検討される模様です。

 

 

大和市は事故に備えて損害保険に加入する議案を可決

 

また、神奈川県大和市は、市が保険契約者、徘徊の恐れのある高齢者等を被保険者として、踏切事故などにより第三者に負わせた損害を補償する賠償責任保険に加入する補正予算案を可決しました。

保険の対象者は「はいかい高齢者SOSネットワーク」の登録者とし、補正予算額として初年度の保険契約料約323万円が計上され、事故を起こした徘徊者のけがなどを補償する傷害保険にもあわせて加入するとのことです。

 

 

認知症による徘徊で生じた損害の責任は誰が負うのか~最高裁平成28年3月1日判決

 

このように、自治体が認知症の人が起こした事故への補償問題に取り組む契機となったのが、最高裁平成28年(2016年)3月1日判決です。

判決当時かなり話題になりましたので、ご記憶の方も多いと思います。

 

事故は2007年に愛知県で発生しました。

認知症の高齢男性が徘徊中に鉄道線路に立ち入り、列車に衝突して死亡したのです。

鉄道会社は、当該事故により列車に遅れが生じ振替輸送費等の損害を被ったとして、死亡した男性の妻と子らに対して、賠償を求める訴訟を起こしました。

1審では妻及び長男、2審でも妻の責任が認められ、賠償が命じられましたが、最高裁平成28年3月1日判決はこれを覆し、妻にも長男にも責任はないと結論づけました。

 

 

監督義務者としての責任

 

そもそも、事故を起こしたのは死亡した男性であるにもかかわらず、なぜその妻や長男が損害賠償を求められる事態となったのでしょうか。

 

この点、民法713条では、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」とされています。

上記事件の裁判では、死亡した男性は、事故当時、認知症が進行していたために、責任を弁識する能力がなかったと判断されました。

このような場合、当の男性は、上記の民法の規定に基づき、事故によって発生した損害の賠償責任を負わないことになります。

 

他方、民法714条では、「(略)責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。(略)」とされています。

上記事件の2審判決は、この規定に基づき、妻は監督義務者に当たるとしてその責任を肯定しました。

 

これに対し、最高裁判決では、同居する配偶者であるからといって監督義務者に当たるとすることはできない、としました。

また、妻は事故当時85歳で、自身も要介護1の認定を受けており、夫の介護も長男の妻の補助を受けて行っていたこと、長男は20年以上死亡男性と同居しておらず、事故直前の時期においても月3回程度週末に死亡男性宅を訪ねていたにすぎないこと、などを指摘して、妻、長男のいずれも、死亡男性の第三者に対する加害行為を防止するために監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない、として監督義務者に準ずべき者にもあたらないとしました。

 

もっとも、上記最高裁判決はあくまでも上記の事故に関しての結論であり、認知症患者が起こした事故について常に家族が責任を負わないとしたものではありません。同様の事故が起きたとき、具体的状況次第では、家族が責任を負わなければならない可能性も否定できないと言えます。

 

また、最高裁判決の事故では、被害者たる鉄道会社は大企業であり、列車の乗客等にケガなどの人的被害はありませんでしたが、認知症患者の行動によって、万一、第三者がケガをしたり亡くなったりした場合、その損害を誰が賠償するのか、被害者の救済という観点からも非常に深刻な問題となります。

 

認知症は今や誰にとっても身近な疾患であり、今後患者数は益々増えていくことが予想されています。

不幸な事故を防ぐための取り組みは勿論、万一事故が起こってしまった場合の補償についても、社会全体で支える仕組みが必要と言えるでしょう。

 

 

冒頭でご紹介した神戸市の救済制度の規定案では、認知症と診断された神戸市民が交通事故や暴力行為などで第三者にけがをさせた場合を想定し、加害者が市外の人でも被害者が市民であれば適用されるとのことです。鉄道事故による列車遅延や火災などの物損などについて対象に含めるかは、今後の検討に委ねられるようですが、大和市の取り組みも含め、自治体がこのような対策に乗り出したことは大変意義のあることであり、今後の拡がりを期待したいと思います。

 

 

個人賠償責任保険の改定や新たな特約も

 

上記最高裁判決を契機に、保険会社においても、個人賠償責任保険の改定を行うところが出てきました。

 

多くの保険会社では、事故を起こした人が認知症などのために責任無能力者であった場合、監督義務を負う別居の親族なども補償の対象とするよう、変更が相次いでなされました。

また、一部の保険会社では、線路内に立ち入って電車を止めた場合のような、人的・物的損害を伴わないようなケースにおける損害をも補償するよう、新たな特約が設けられています。

 

もっとも、これらの改定や特約は、保険加入時期や更新時期等によって適用の有無が異なることもあり、具体的な補償内容については、加入先の保険会社に個別に確認することが必要です。

 

また、上記の最高裁判決の事例でも、1審・2審・最高裁で判断が分かれたように、そもそも、どのような場合に、誰に、どのような賠償責任が生じるのかは、法的に非常に難しい判断と言えます。

いざ事故が起こった場合に、保険による補償がスムーズに受けられるかどうかは、事故の具体的状況をふまえた保険会社の判断に委ねられることにもなり、ケースによっては裁判を経ないと結論が出ない難しい判断になる可能性もあるでしょう。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年11月15日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民泊、あなたのマンションは?~国交省が標準管理規約を改正

来年から民泊が全国的に解禁

 

本年6月、「住宅宿泊事業法」(民泊新法)が国会で成立しました。

これにより、これまで大阪市など一部の国家戦略特別区域のみで認められていた民泊が、来年には、全国的に解禁されることになりました。

 

民泊については、マスコミ報道やインターネット上の情報などで見聞きされたことがある方も少なくないでしょう。

 

そもそも、「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」をするには、例えそれが自宅の一部や自らが所有する空き家・空き部屋であったとしても、何の規制も受けずに自由に行えるわけではなく、本来、旅館業法上の許可が必要です。

 

これに対し、近年の国内外からの観光やビジネス等、多様な宿泊ニーズの高まりを受け、国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例が定められ、平成28年より、一部の国家戦略特別区域(特区)において、旅館業法の適用が除外される、いわゆる「特区民泊」がスタートしました。

 

もっとも、旅館業法の規制を受けないとはいえ、特区民泊についても、滞在日数や居室の構造設備など様々な要件を満たして行政の認定を得なければならず、周辺住民への説明や苦情窓口の設置なども行う必要があります。

 

新たに成立した上記「住宅宿泊事業法」(民泊新法)に基づき民泊を営む場合でも、都道府県への届け出が義務付けられており、年間営業日数は180日が上限(条例で営業日数をさらに制限することが可能)とされるなど、法律や条例で定める種々の要件を満たさなければなりません。

 

あなたのマンションはどうする?~民泊は可か否か

 

民泊営業は一戸建てでもマンションの一室でも行うことは可能です。

もっとも、近隣との関係でいえば、とりわけ分譲マンションにおいては、同じ建物内に多数の区分所有者がおり、かつ、多数の人が居住していることから、トラブルが起こりやすいと言えそうです。

 

民泊の全国的な解禁を控え、分譲マンションの区分所有者にとって、そのマンションで民泊営業が行われるか否かは、重大な問題となってきます。

住民以外の宿泊客が頻繁に出入りすることを好まず、マンション内で民泊営業が行われることをよしとしない区分所有者もいることでしょう。

他方、資産活用や空き部屋の有効利用として、自分が所有する一室で民泊営業を行いたいと考える区分所有者もいるかもしれません。

 

民泊を許容するかどうかについては、分譲マンションそれぞれにおいて、区分所有者間で十分協議をし、方針を決めることが肝要です。

来年の民泊解禁を控え、分譲マンションの管理組合においては、民泊を可とするか否か、方針を明確にすべく、対応を迫られることになるでしょう。

 

 

国土交通省が「マンション標準管理規約」を改正

 

上記のような状況のもと、今般、国土交通省は、「マンション標準管理規約」を改正し、各マンションの管理組合において、民泊が可能か禁止かを管理規約に明記するよう、示しました。

 

「マンション標準管理規約」とは、分譲マンションの管理組合のルールを定める管理規約について、国土交通省が示しているひな形であり、多くの管理組合において、この標準管理規約が参考にされています。

 

詳しくは、国土交通省のウェブサイトに掲載されていますが、

・住宅宿泊事業(民泊)を可能とする場合

・住宅宿泊事業(民泊)を禁止する場合

それぞれの規約例のほか、

・住宅宿泊事業者が同じマンション内に居住している住民である場合(家主居住型)の住宅宿泊事業に限り可能とする場合

・住宅宿泊事業者が自己の生活の本拠として使用している専有部分において宿泊させる場合(家主同居型)の住宅宿泊事業に限り可能とする場合

の規約例なども挙げられていますので、参考にしてみるとよいでしょう。

 

 

違法民泊による近隣トラブルも発生~裁判に発展したケースも

 

なお、先に指摘したとおり、そもそも宿泊料を受けて宿泊業を営むには旅館業法上の許可が必要であり、特区民泊や民泊新法の民泊を営業する場合にも、様々な要件を満たして行政の認定ないし届出を経る必要がありますが、現実には、法律や条令等で定められた手続を取らない違法なヤミ民泊が横行し、宿泊客による騒音やゴミの放置など、近隣とのトラブルが既に多数発生しています。

 

このような民泊トラブルの中には、裁判にまで発展したケースも出てきています。

新聞報道によると、民泊を行っているとみられる分譲マンション所有者に対し、当該マンションの管理組合が民泊の差し止めを求め、平成28年(2016年)1月27日、大阪地裁は、差し止めを認める決定を出しました。

 また、本年1月13日には、旅館業法の脱法的な営業とみられる民泊をめぐり、ごみの放置や深夜の騒音などが発生したとして、部屋の所有者に損害賠償を命じる判決を大阪地裁が言い渡しています。

さらに、本年8月には、大阪の分譲マンション管理組合が、民泊営業がマンションの管理規約違反であるとして、部屋の所有者や管理代行業者らに対し、営業の停止や損害賠償を求める裁判を提起したとのことで、東京などでも類似の裁判が起こっているとのことです。

 

もっとも、裁判には相応の費用・時間・労力がかかります。裁判で損害賠償が認められても、相手に支払能力がなかったり、所在が不明になってしまったりすれば、現実には賠償を受けられない可能性も否定できません。

 

違法な民泊については、旅館業法の許可申請を管轄する各地の保健所のほか、大阪市や京都市などでは、民泊に関する専用の通報・相談窓口を設けて、調査・指導を強化してきているところもあります。(このような通報・相談窓口は、各自治体のウェブサイトでも紹介されています。)

また、悪質なケースについては、警察が捜査・検挙し、刑事罰が科せられることもあります。

近隣で違法な民泊が行われているのではないか?との懸念・不安があったり、現実に何らかの迷惑を被っているような場合は、まずは上記のような行政窓口に通報・相談してみましょう。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年9月15日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

自筆証書遺言って面倒?~方式緩和検討中

「遺言を開封します!」

 

先日書店に行くと、池井戸潤さん作の「アキラとあきら」が大量に平積みされており、池井戸ファンの筆者はついつい買ってしまいました。

WOWOWでドラマ化もされ、話題のようですね。

 

この作品には、主人公の一人として海運会社の御曹司が登場します。

その海運会社は同族会社。

経営者一族の人間模様が物語の大きな要素になっており、親族同士の葛藤、事業承継の難しさなど、池井戸作品ならではのリアリティあふれるダイナミックな展開が繰り広げられていきます。

物語が中盤にさしかかり、御曹司が敬愛するある人物が死去。

葬儀を終えた御曹司ほか遺族一同に対し、顧問弁護士から故人の遺言の存在が告げられます。

果たして遺言の内容は…?

豪邸の座敷に集まった遺族の前で、顧問弁護士が遺言を披露すべく封筒に鋏を入れる!

 

…チョキチョキ……

(あ…そこで開けちゃダメなんだけど…)

 

池井戸作品は、ビジネス社会の実際をリアルに反映させながらも、あくまでも一級品のエンターテインメント。

それは重々承知しています。

ここで遺言開けなきゃ、話は盛り上がらない!!!

きっとドラマでも、緊迫したドキドキのシーンになるんでしょうね。

遺族一同、固唾を吞んで弁護士の手元を見守り、静寂が座敷を支配する……

(庭の鹿威しカーン!みたいな。

筆者はWOWOWに加入しておらずドラマは見られないので、勝手な想像ですが…)

 

自筆証書遺言の開封は家庭裁判所で

 

ご存じの方も多いと思いますが、自筆で書かれた遺言(自筆証書遺言)の場合、遺言者が亡くなった後、速やかに家庭裁判所で検認手続を取ることが必要です(民法1004条1項)。

そして、封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立会いがなければ、開封することができないとされています(民法1004条3項)。

そして、検認を経ないで遺言を執行したり家庭裁判所外において遺言書を開封した者は、5万円以下の過料に処するとされているのです(民法1005条)。

 

ですから、いくら話を盛り上げるためでも、現実の世界では、家庭裁判所の手続きを取らずに、豪邸の座敷で葬儀の直後に遺言書の封を勝手に開けてはいけません。

 

もっとも、故人の遺言書を発見し、万一、うっかり封を開けてしまっても、それで遺言が無効になるわけではありませんし、それだけで相続権を失うこともありません。

万一開けてしまった場合でも、速やかに家庭裁判所で検認の手続きを取りましょう。

まった!と動転して、その遺言を隠したり、捨ててしまったりすると、遺言の隠匿や破棄になってしまい、それこそ相続権を失いかねませんので、くれぐれもお気を付けください。

 

自筆証書遺言の要件~方式が緩和される?

 

これもご存知の方が多いと思いますが、自筆証書によって遺言をするには、

「遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」

と定められています(民法968条1項)。

このうち「全文を自書する」、すなわち遺言書の全文を遺言者自身が自筆で書かなければならない、という点が現実には結構大変です。

財産が多岐にわたり、かつ、財産を遺したい相手が複数名に及ぶような場合は、相当長文で細かい内容の遺言になることがあり、特に財産内容の詳細を正確に全部自筆で書くのはかなり労力を使います。

この点、現在、法制審議会で民法(相続関係)の改正が検討されており、自筆証書遺言の方式(全文自書)の緩和もテーマに挙げられています。

具体的には、財産を特定するために必要な事項については、パソコンで作成した目録や、不動産登記事項証明書、預貯金通帳の写しなどを添付することでもよい、とする案が出されています。

これらはあくまでもまだ検討中の改正案ですので、現段階で自筆証書遺言を作成する場合は、頑張って財産の詳細も全文自書していただく必要がありますが、今後、改正が実現してこのような緩和方式が認められるようになれば、自筆証書遺言の作成もだいぶ楽になるといえるでしょう

 

自筆証書遺言の保管制度創設も検討中

 

また、改正案では、法務局に自筆証書遺言原本の保管をゆだねることができる制度の創設も検討されています。

自筆証書遺言の紛失や隠匿の防止に資する制度として検討されており、この制度を利用して保管された遺言書については、遺言者の死亡後、検認の手続きを不要とすることが検討されているようです。

 

とすると、仮に、この保管制度が創設されれば、ひょっとして、封印をした自筆証書遺言も自宅の座敷で開けちゃえるようになるのかな?

すが時代を先取りする池井戸作品!

とフト思って調べてみたのですが…

 

法制審議会の改正要綱案のたたき台(1)によると、検討されている保管制度では、遺言書の原本を保管する際、法務局にて遺言書の内容を画像データにしたものを別個に保管し、仮に封緘された遺言書の保管の申請がなされた場合には、画像データ作成のため、遺言者本人の了解を得てこれを開封することを想定しているんだそうです。(万一の大規模災害等により遺言書原本が滅失した場合であっても、画像データを利用して遺言書の正本を作成することを想定した制度設計のようです。)

なので、封をしたままでは、そもそもこの保管制度は利用できない(封印したままでは預かってくれない)ということのようです。よって、仮にこの保管制度が創設されても、自筆証書遺言を封印をしたまま保管するのであれば、現在と同様、信頼できる親族や知人に預けておくとか、弁護士に保管を依頼する、といった形を取らざるを得ず、遺言者の死後も、検認手続を経て家裁で開封しなければならないことになると思われます。

なお、この検討中の保管制度では、遺言者の死亡後、相続人らは、法務局に対し、遺言書の保管の有無を照会することができ、遺言書があれば、原本の閲覧およびその遺言書の正本の交付を求めることができるが、遺言書原本そのものの交付を求めることはできない、とされているようです。

 

このような保管制度が創設されれば、確かに、自筆証書遺言の紛失や破棄・隠匿といった事態は防ぎやすくなるでしょうが、遺言書原本を預かるうえに画像データまで保管し、検索システムまで備えることを想定しているようですので、全国規模でこのような保管制度を創設するには、かなりのコストや準備期間がかかるのでは?とも思われます。

日弁連は、そもそも制度創設の必要性が乏しいうえ、多額の費用が必要になると想定され、情報流出の懸念も完全に否定できない、などとして、制度の創設に反対の意見を述べています。

この保管制度が実現するかどうかはまだ未知数と言えそうですが、今後の改正動向に注目したいと思います。

 

[弁護士 奥田聡子]

2017年7月18日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

ピアノレッスンに著作権使用料?~JASRACと音楽教室の対立

JASRACは音楽教室から楽曲の著作権使用料を徴収する方針

 

今年2月初め,JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が,来年1月より,音楽教室から楽曲の著作権使用料を徴収する,との方針を明らかにしました。

6月7日には,音楽教室が得た受講料収入の2.5%を徴収する内容の使用料規定を文化庁に届け出た模様です。

これに対して,ヤマハ音楽教室など多数の音楽教室が「音楽教育を守る会」を結成し,猛反発の姿勢を示して対立しています。

音楽教育を守る会は,5月30日に総会を開催し,同会会員による原告団を結成のうえ,6月20日,東京地方裁判所に,JASRACを被告とする請求権不存在確認訴訟を提起したとのことです。 

 

筆者も子どもの頃から音楽が好きで複数の楽器を習った経験があり,大手の音楽教室に通ったこともあります。

受講生の立場からすれば,著作権使用料が課せられればレッスン料が値上げされてしまうのでは?と心配にもなりますよね。

 

過去の判例から考えると,JASRACに分がある?

 

著作権法22

「著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。」

と定めています。

 

JASRACの主張の根拠は,

音楽教室における音楽著作物の利用は不特定の顧客(受講者)に対するものであるから,著作権法22条に定める公の演奏にあたるというものであり,JASRACが管理している楽曲に関する著作権使用料を音楽教室は負担すべきである,

というものです。

 

この点,一般的には,「公に演奏する」=聴衆の前で演奏するコンサートのようなものをイメージされる方が多いかと思います。音楽教室のレッスンは,通常,生徒は一人か,多くても数名で,閉鎖された室内で行われることがほとんどでしょうし,聴衆がいるわけでもありません。「音楽教室での演奏は公の演奏にあたる」というJASRACの主張に違和感を覚える方が多いのも理解できるところです。

 

しかしながら,JASRACが根拠として挙げる判例として,社交ダンス教室におけるCD等の再生演奏が公の演奏にあたるとしたものがあります(名古屋高裁平成16年3月4日判決。平成16年9月28日最高裁上告不受理決定により確定)。

この判例では,

社交ダンス教室は格別の条件を設定することなく受講生を募集しており,受講を希望する者は所定の入会金を支払えば誰でも受講生となれるのであり,教師の人数や施設の規模といった人的,物的条件が許容する限り,何らの資格や関係を有しない顧客を受講生として迎え入れることができ,このような受講生に対する社交ダンス指導に不可欠な音楽著作物の再生は,組織的,継続的に行われるものであるから,社会通念上,不特定かつ多数の者に対するもの,すなわち公衆に対するものと評価するのが相当である,

と判断されました。

 

現在,JASRACは,社交ダンス教室のみならず,フィットネスクラブ,カルチャーセンター,社交ダンス以外のダンス教室,カラオケ教室,歌謡教室から,既に著作権使用料を徴収しているとのこと。

JASRACによれば,長年,音楽教室に関しても著作権使用料徴収の交渉協議を重ねてきたが,応じてもらえないので,今回の方針に至った,とのことです。

 

 

音楽教室のレッスンにおける演奏主体は誰か

 

では,上記社交ダンス教室の判例は,音楽教室でのレッスンにも全く同様に当てはまるのでしょうか。

 

この点,社交ダンス教室と音楽教室とでは,演奏主体は誰か,という観点で,若干違いがあると思われます。

ダンス教室における音楽の演奏(CDの再生)の主体は誰か,というと,それはダンス教室と考えるのが自然でしょう。楽曲にあわせて踊っているのは受講生ではありますが,楽曲使用の要否や選曲は教室・講師側の判断で行うでしょうし,レッスンの過程で曲の再生タイミングの判断や操作も講師が行うでしょう。物理的に楽曲を使用(再生)している主体はダンス教室であるとの点は特に異論はないかと思います。(上記社交ダンス教室の判例でも,楽曲使用の主体が教室であることは争点になっていません。)

これに対し,音楽教室のレッスンでの楽曲の演奏は,受講生自身の生演奏が中心です。受講生自身が,実際に楽曲を演奏し,講師に聞いてもらって指導を受ける,というのが主なスタイルでしょう。講師が模範演奏を受講生に聞かせるような場面をとりあえず別とすれば,レッスン中の受講生自身の演奏については,物理的な演奏主体は受講生自身に他なりません。この点で,ダンス教室と音楽教室とは状況が異なっていると考えられます。

そして,先の社交ダンス教室判例を前提にすれば,「公衆」=受講生ということになるでしょうが,仮に音楽教室の場合もそうだとすると,演奏主体である受講生が自分自身に聞かせる目的で演奏している,といういささか観念しづらいことになり,「公衆に聞かせる目的の演奏」とは言いにくいのではないか,という疑問が生じてきます。仮に,受講生複数でのグループレッスンの場合でも,受講生自身はあくまでも講師の指導を受けるために演奏しているのであって,他の受講生に聞かせるために演奏しているわけではないでしょう。

また,受講生自身が演奏の主体であれば,仮に著作権法22条の公衆に聞かせる目的の演奏にあたるとしても,著作権法38条1項に定める「非営利」「聴衆から料金を徴収しない」「出演者等が無報酬」に該当すると考えられ,著作権侵害にあたらず,著作権使用料は発生しないことにもなりそうです。

 

『カラオケ法理』

 

もっとも,実際に演奏しているのは受講生であっても,著作物を利用している主体は音楽教室であると捉える考え方が適用されれば,話は変わってきます。

この点に関して,『カラオケ法理』とよばれる考え方があります。

『カラオケ法理』とは,カラオケ店において,実際に歌を歌っているのはお客さんですが,著作権との関係では,侵害主体を物理的な行為者(客)に限定せず規範的に捉え,客に歌唱をさせて利益を得ているカラオケ店自体を侵害主体とする考え方です。昭和の終わり頃,カラオケが世の中に広まるに伴い,カラオケ店を著作権侵害の主体と認める判決が現れるようになり,「クラブキャッツアイ事件」において最高裁がこれを認めました(最高裁昭和63年3月15日第三小法廷判決)。

この最高裁判決では,「侵害行為を誰が管理・支配しているか」及び「侵害行為による利益が誰に帰属しているか」という観点から著作権侵害の主体が捉えられています。

 

その後,デジタル・ネットワーク技術の発展により,従前は考えられもしなかった著作物の利用形態が生じるに伴い,カラオケ店にとどまらず,

  • 家庭用ゲームソフトの改変のみを目的とするメモリーカードの輸入販売業者(ときめきメモリアル事件,最高裁平成13年2月13日判決)
  • テレビ番組録画転送サービス業者(ロクラクⅡ事件,最高裁平成23年1月20日判決)
  • テレビ放送デジタルデータ化自動送信機器(ベースステーション)のサービス業者(まねきTV事件,最高裁平成23年1月18日判決)

 

などの著作権侵害を認める裁判例が現れ,カラオケ法理における「管理・支配」「利益の帰属」という観点だけでなく,より総合的に,誰が枢要な行為をなしたか,という観点から著作権侵害の主体を判断する考え方も示されるようになりました。

 

このような判例の考え方からすると,音楽教室のレッスンにおける演奏主体についても,規範的に捉えて検討する必要がありそうです。

仮に『カラオケ法理』に則して考えてみると,音楽教室におけるレッスンは,音楽教室に受講生が通い,音楽教室内のレッスン室において,音楽教室の楽器(ピアノ等)を使用してなされるケースが多いでしょう(持ち運べる楽器の場合は,受講生が自分の楽器を持参することも多いとは思われますが)。レッスンの進行は講師の指示によって行われるのが通常であり,レッスンで用いる曲も講師が選択決定していることが多いと思われます。このような状況からすれば,レッスンにおける演奏を「管理・支配」しているのは音楽教室であると言えそうに思われます。また,音楽教室は,レッスンを支配管理してレッスン料という営業上の利益を上げている者にほかならないでしょうから,音楽教室への「利益の帰属」も肯定できるでしょう。

報道によると,JASRACは,使用料徴収の対象について,講師が指導のために演奏するものも,生徒が練習で演奏するものも含む,としているようですので,JASRAC自身,音楽教室におけるレッスン内容の中核を占める受講生自身の演奏に関しても,『カラオケ法理』のような考え方に依拠して,著作権との関係では演奏主体=音楽教室自身であると考えていると思われます。

 

ただ,そもそも,楽器の演奏技術を教える音楽教室自体は,決して近時の新技術によって現れてきた業態ではありません。筆者が子どもだった昭和40年代には,既に音楽教室は多数存在していました。ちなみに,ヤマハ音楽振興会のウェブサイトによると,昭和29年に,ヤマハ音楽教室の前身となる教室が開始されています。また,カワイ音楽教室のウェブサイトによると,1956年(昭和31年)にカワイ音楽教室は誕生したとのことです。

さらに言えば,個人の先生が生徒に楽器演奏を教える教室はさらに古くから存在していたのではないでしょうか。

JASRACは,徴収が進めば,個人の音楽事業者にも対象を拡げる方針のようですが,このように古くから存在する音楽教室という形態・業態において,受講生がレッスン中に楽曲を演奏することについてまで,著作権法の条文上必ずしも明確ではない『カラオケ法理』のような考え方を拡げてしまえるのかどうか,筆者としては,いささか疑問がないわけではありません。果たして裁判所がどのような判断を下すのか,注目したいところです。

 

なお,音楽教室のレッスンでも,講師が楽曲の模範演奏をして受講生に聞かせることや,レッスン中にCDを再生して受講生に聞かせることもあるでしょう。このような演奏・再生については,そもそも物理的にも音楽教室側が主体といえるでしょう。もっとも,そういった演奏・再生がレッスンに占める割合は,ごく一部にすぎないと思われます。

 

「聞かせることを目的として」と言えるか

 

音楽教育を守る会のウェブサイトによると,音楽教室側は,聞く者に感動を与えるという音楽の芸術的価値を享受させるための演奏が「聞かせることを目的」とした演奏であり,コンサート,ライブ,カラオケ等はまさに「聞かせることを目的」とした演奏である,としたうえで,音楽教室での教師の演奏,生徒の演奏いずれも,生徒が演奏技術を教わるために行われるものであって,しかも,その演奏は,曲の一部分について行われることがほとんどであり,音楽の芸術的価値を享受させるための演奏ではなく,「聞かせることを目的」とは到底言えないとも主張しているようです。

 

上記主張の「音楽の芸術的価値を享受させるための演奏」とはいかなる意味なのか,今ひとつよくわかりませんが,仮に,何らかの技術を教わるために(いわば指導の手段として)楽曲を使用する場合は著作権法22条の「聞かせることを目的」とした演奏ではない,という意味だとすれば,ダンス技術の指導のためである社交ダンス教室における楽曲の使用も同じ結論になりそうに思われます。しかしながら,先にも述べたとおり,社交ダンス教室の判例では(そもそも「聞かせることを目的」かどうかは,直接的な争点にはなっていなかったようではありますが)著作権法22条の演奏にあたることが認められている以上,上記主張が今回の裁判で認められることは,そう容易ではないでしょう。

 

もっとも,「聞く者に感動を与える」という観点からみると,特に,楽器を始めたばかりの初心者の演奏は,まだまだつたない面は否めないでしょう。「聞く者に感動を与える」演奏としては,音楽教室のレッスンにおける受講生の演奏は途上段階である場合が多いとも言えそうです。これに対し,社交ダンス教室で流される楽曲は,プロの演奏によるCDなどがほとんどでしょうから,演奏としては完成されており,聞くものに感動を与える演奏と言いやすいかもしれません。

 

「教育目的」は決め手になるのか?~昨今の音楽教室の現状は

 

なお,JASRACの方針に反対する立場からは,音楽教室での演奏は将来の音楽家を育てる教育目的だから著作権法が及ばないのではないか,との主張も見られます。

 

この点,著作権法は,著作権者に著作物の独占的利用権を認める一方,私的利用や,営利を目的としない場合の例外などを認めることによりバランスを取っています。例えば,学校の授業での演奏に著作権使用料が発生しないのは,単に教育目的であることが理由ではなく,著作権法38条1項に定める「非営利」「聴衆から料金を徴収しない」「出演者等が無報酬」に該当すると考えられているからです。

これに対し,演奏主体を(受講生自身ではなく)音楽教室と捉えるのであれば,音楽教室が営利目的を有していない,とはなかなか認め難いでしょう。

 

また,音楽教室は教育目的の場である,という主張自体,筆者としては,昨今の音楽教室の現状はかなり変化してきているのではないか,と感じます。

確かに,もともとは,音楽教室のレッスンは子供向けがほとんどであり,かつ,生徒の演奏技術の向上を目指し,進度に応じたクラシック曲を使用するメソッド的な指導が一般的であったと思われます。

しかし,近時,少子高齢化を反映して,大人向け音楽教室が花盛りです。レッスン方法も,簡単な練習曲から始めてコツコツと順を追って演奏技術を習得していく,というよりは,初心者でも,最初から好きな曲を自分のレベルにあわせて演奏することを目指すようなレッスンも見受けられます。使用する楽曲に関しても,クラシック以外の楽譜が容易に入手できるようになったこともあり,Jポップやアニメソング,映画音楽等々,非常に多様化してきているように感じます。

筆者が見聞きしたところでは、情熱大陸のテーマソングを弾きたいがためにバイオリンを習い始めた大人の方がおられ,講師の先生も,テクニック的な上手い下手はとりあえず横において,とにかくその曲を弾けるようになることを第一目標にしてレッスンをしている,といった話をうかがったことがあります。また,大好きな韓流ドラマの主題歌を弾きたくてピアノを習い始めたという大人の方が,初めての発表会でそれを披露すべくレッスンに励んでおられたこともありました。大人のレッスンにおいては,この曲を弾いてみたい,という想いが楽器を習い始める動機やモチベーションになっていることも少なくないと思われます。

 

このような昨今の状況からすれば,音楽教室は,将来の音楽家を育てる「教育」の場ということにとどまらず,むしろ大人の娯楽・趣味のための教室としての面が増してきていることは否定できないでしょう。

 

 

使用料の算出方法や徴収方法には大いに議論の余地

 

もっとも,仮に,音楽教室のレッスンに関し,著作権の規制が及ぶのだとしても,著作権使用料の算出方法や徴収方法については,大いに議論の余地があると思われます。

 

先に述べたように,そもそも音楽教室での受講生自身の演奏について,演奏主体を受講生のみとみるのか,音楽教室側にも主体性を認めるのか,によっても,結論は大きく異なるでしょう。仮に,受講生自身の演奏について,主体はあくまでも受講生のみとみるのであれば,音楽教室のレッスン中,著作権侵害となる演奏は非常にわずかな部分(講師が演奏をするとか,講師がCDを再生して受講生に聞かせるなどの場面)に限られるのではないでしょうか。

 

また,音楽教室では,今なおクラシックの楽曲のレッスンも多く行われているでしょうが,クラシックの多くは作曲者がとうの昔に亡くなっているのでそもそも著作権が及ばないものが多数です。レッスンでは,楽曲を使用しない音階・ロングトーン,リズム打ちといった基礎練習・指導に相応の時間を割くこともあるでしょう。また,JASRAC管理の楽曲を使用する場合でも,曲のわずかな一部の部分のみレッスンする日もあれば,鍵盤楽器ならば,メロディラインではない左手の伴奏パートだけレッスンする,なんていう日もあるかもしれません。

個々の音楽教室のレッスンで,JASRAC管理の楽曲がどの程度使われているのか,実態を反映した合理的な使用料算出・徴収方法を定めるには,多様な意見がありうると思います。

 

JASRACは年間受講料の2.5%を徴収する方針を示したようですが,金額の問題については交渉に応じる姿勢を有しているとも報じられています。

仮に,使用料徴収の方針が実施されるとしても,音楽を学ぼう・楽しもうとする人々に過度の負担とならないよう,著作権者のみならず多くの音楽愛好者が納得できるような,合理的かつ公正な徴収方法・金額が検討・設定されるべきでしょう。

 

[弁護士 奥田聡子]

2017年6月28日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

平成29年5月29日から「法定相続情報証明制度」が始まります

相続手続には戸籍関係書類が必要

 

亡くなった人が所有していた不動産の名義変更や銀行預金の解約など,相続の手続をする際には,相続人が誰かを確認するための戸籍関係書類(戸籍,除籍,原戸籍の謄本等)が必要となります。

この場合,一般的に,亡くなった人(被相続人)が生まれた時から死亡するまでの全ての戸籍関係書類等(兄弟姉妹や甥姪が相続人となる場合は,さらに被相続人の両親の生まれた時からの戸籍関係書類等)を揃える必要があります。

本籍地を何度も移転していたり,婚姻・離婚を複数回していたりする場合など,状況によっては,集めなければならない戸籍関係書類が10通~20通といった多数になることもめずらしくなく,複数の市町村役場から取り寄せしなければならないこともあります。

そして,不動産の名義変更や預金の解約など,複数の機関において相続手続を行う場合,それぞれの機関ごと(法務局,銀行,信用金庫等)にこれら戸籍関係書類一式を提出しなければなりません。

大抵の機関では,戸籍関係書類一式を提出し,その内容を確認後,原本を返却してもらうことは可能ですが,各機関ごとに,【戸籍関係書類一式を提出する】→【当該機関で確認をする】→【返却してもらう】を順次繰り返すとなると,その分,手続に日数を要することにもなります。

かと言って,複数の機関で同時に相続の手続を進めようとすると,戸籍関係書類一式を何部も用意しなければならず,費用がかさんでしまいます。

 

新たに「法定相続情報証明制度」が創設

 

このように,相続手続において戸籍関係書類の準備・提出は結構な負担なのですが,今般,新たに「法定相続情報証明制度」が本年5月29日から開始されることになりました。

 

この制度は,法務局に,被相続人の相続関係に関する戸籍関係書類と,相続関係を一覧に表した図(法定相続情報一覧図)を提出すれば,登記官がその内容を確認し,その一覧図に認証文を付した写しを無料で交付する,というものです。

法務省によれば,本制度により交付された法定相続情報一覧図の写しが,相続登記の申請手続をはじめ,被相続人名義の預金の払戻等,様々な相続手続で利用できるようになるとのことです。

具体的手続の詳細は今後発表される模様ですが,概要は法務省のウェブサイトに掲載されています。

 

相続人の立場からすれば,一度は戸籍関係書類一式を入手しなければならないことに変わりはないのですが,法定相続情報証明制度を利用して法定相続情報一覧図の写しを複数通数入手することにより,先ほど述べたような,各機関に順次戸籍関係書類の提出を繰り返すやりかたではなく,同時に各機関において相続手続を進めることができるようになると思われます。戸籍関係書類一式を何部も用意するのに比べて費用も抑えることができますので,その点ではメリットがあると考えられます。

 

また,筆者としては,家庭裁判所が,遺産分割調停・審判の申立などの際の必要書類として,戸籍関係書類の代わりに法定相続情報一覧図の写しの提出でOKとするのかどうかが,気になります。

(この点,筆者が調べたところでは,現段階では取り扱いが判明していません。)

と言うのも,家庭裁判所は,上記で述べたような法務局や銀行などとは異なり,提出した戸籍関係書類の原本を返却してくれません。ですから,遺産分割調停などを申し立てる際には,家庭裁判所提出のみ用として,戸籍関係書類一式を1部用意しなければならないのです。

家庭裁判所においても,法定相続情報一覧図の写しの提出のみでOKになれば,戸籍関係書類の入手に要する費用も節約できますので,是非,そうしていただきたいところです。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年4月28日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

下請法運用基準の改正について

下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)は昭和31年に制定され、その後、幾度の改正を経て、また多くの通達や運用基準が発表され、現在に至っています。

平成28年12月14日に下請法の運用基準の改正が発表され、同日より施行されました。

今回は、この運用基準改正の概要をご説明します。

 

 

そもそも運用基準とは?

 

下請法に関する運用基準とは、下請法を所管する公正取引委員会が定めるガイドラインの1つです。

法律そのものではありませんが、下請法の適用基準を予め明らかにすることにより、取引の予測可能性を高めるとともに、違反行為の未然防止を図る目的で定められているものです。

公正取引委員会による下請法の適用はこの運用基準に基づいて行われます。

 

 

なぜ改正されたのか?

 

公正取引委員会は、中小事業者の取引条件の改善を図る観点から、下請法の一層の運用強化に向けた取り組みを進めており、その取り組みの一環として運用基準を改正したと発表しています。

前回の改正は平成15年でしたので、13年ぶりの改正となりますが、その間に中小企業を取り巻く事業環境が悪化していることが背景にあるのではないでしょうか。

いずれにせよ、下請法の適用が厳しくなることは間違いないと思います。

 

 

運用基準改正のポイント

 

今回の運用基準の改正のポイントとしては、主に次の3点です。

  1. 違反行為事例の大幅追加
  2. 特に留意すべき違反行為類型の追加
  3. 下請法対象取引ではないと誤認し易い事例の追加

 

1 違反行為事例の大幅追加

平成15年改正の運用基準では、違反行為事例は66事例でしたが、今回の改正により141事例と大幅に増加しています。下請取引において、問題となったケースが盛り込まれています。

 

2 特に留意すべき違反行為類型の追加

親事業者が、新単価合意前に発注した取引について、新単価を遡及的に適用させ、差額分を差引いて支払う行為など、違反行為の未然防止等の観点から、特に留意すべき違反行為類型が追加されています。

 

3 下請法対象取引ではないと誤認し易い事例の追加

建設業者が施主から作成を請け負う建築設計図面の作成を建築設計業者に委託する場合や,アニメーション制作業者が製作委員会から制作を請け負うアニメーションの原画の作成を個人のアニメーターに委託するような場合(いずれも情報成果物作成委託)も、下請法の適用があることが示されました。

 

詳しくは,公正取引委員会のウェブサイトに掲載されています。

 

 

法務担当者として留意すべきこと

 

下請法は、独禁法の優越的地位の濫用規制を補完する法律であり、形式的要件にて親事業者と下請事業者を画定し、親事業者の義務や禁止行為を定めることにより、下請取引の公正化や下請事業者の利益を保護しようとしています。

下請法に違反する取引があるかどうかは、公正取引委員会や中小企業庁が定期的に調査しており、必要があるときは、報告を求めたり、あるいは立入検査をすることができます。違反行為に対しては、下請事業者が受けた不利益を回復するために必要な措置を勧告することができ、勧告内容は公表されます。

よく問題となる下請代金の減額の事例では、親事業者が数千万円や数億円もの減額分を下請事業者に支払わされた事例があり、経営に与える影響は決して小さいものではありません。

下請取引は、取引担当者が窓口となり、日常的に行われているものであるため、法務担当者の目が届かないことが多く、知らないうちに下請法に違反していたという事態が生じかねません。

法務担当者としては、今回改正された運用基準をよく検討し、自社の取引形式や内容に照らし合せて、違反行為があった場合は、速やかに是正されることが必要だと思います。

なお、違反行為を自発的に申出た親事業者については、違反行為を取り止めていること、原状回復措置を既に講じていること、再発防止策を講じていること、公正取引委員会の調査等に全面的に協力していることを条件として、勧告措置がとられない運用になっています。

 

[弁護士 奥田孝雄]

 

2017年3月22日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

節税目的の養子縁組も「有効」~最高裁平成29年1月31日判決

相続人の中に養子がいると,相続税はどうなるか

 

相続税の計算をする際,課税される財産の価額から基礎控除額を差し引くことができます。

平成27年1月1日以後に死亡した人の相続の場合,基礎控除額の計算方法は,

3000万円+600万円×法定相続人の数

とされています。

 

例えば,Aさんという男性が死亡し,相続人が,妻,長男,長女の3人だとします。

この場合,法定相続人は3人ですので,基礎控除額は,

3000万円+600万円×3人=4800万円

となります。

 

これに対し,Aさんが,生前,長男の子(Aさんの孫)と養子縁組していたとします。

その場合,基礎控除額を計算するにあたり,養子も1人までは法定相続人の数に含めることができますので,基礎控除額は,

3000万円+600万円×4人=5400万円

となります。

差し引ける基礎控除額が増えれば,相続税の負担も軽くなることから,養子縁組には節税効果がある,と言えます。

 

また,相続人が受け取る生命保険金や死亡退職金についても,非課税限度額までは相続税がかかりません。この金額も,法定相続人の数を基に計算するので,養子縁組をすれば,非課税限度額が増えることになり,その点でも,節税効果が期待できます。

 

このような税務上のメリットから,相続税対策としての養子縁組はかなり広く行われていると言われています。

 

[注]

相続税法上,相続税の基礎控除額や生命保険金・死亡退職金の非課税限度額,相続税の総額の計算をするにあたり,法定相続人に含める養子の人数は,被相続人に実子がいる場合は養子は1人まで,実子がいない場合は養子は2人まで,とされています。なお,特別養子縁組の場合や配偶者の実子(いわゆる連れ子)を養子にしたような場合は,それらの養子は全て法定相続人の数に含めて計算できるとされています。詳しくは国税庁のホームページなどをご覧ください。

なお,民法上は,養子の人数制限はありませんので,上記の人数以上に養子縁組をすること自体は可能です。

 

節税目的の養子縁組の有効性

 

ところが,このような節税目的の養子縁組について,法的に有効か否かが争われる裁判が起こりました。

 

ある男性が,税理士らから,孫(長男の子)を養子にした場合,相続税の節税効果がある旨の説明を受け,当該孫と養子縁組をしたのですが,男性の死後,長女と次女が,その養子縁組は無効であると主張し,提訴したのです。

 

一審の東京家裁は,養子縁組は有効としましたが,二審の東京高裁は,「本件養子縁組はもっぱら相続税の節税のためにされたものである」としたうえで,民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たる,として,当該養子縁組を無効としました。これに対し,養子(孫)側が上告し,争いは最高裁に持ち込まれました。

 

先に述べたとおり,節税目的で養子縁組を行うケースは,世の中にかなり多く存するため,最高裁の判断が注目されていましたが,最高裁は平成29年(2017年)1月31日の判決で,

 

「相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存しうるものである。

したがって,もっぱら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう『当事者に縁組をする意思がないとき』に当たるとすることはできない。」

 

と判示し,本件養子縁組について,縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく,「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない,として孫との養子縁組を有効と判断しました。

 

 

養子縁組は相続人同士がもめる原因となることも

 

このように,最高裁は,もっぱら相続税の節税のための養子縁組であってもただちに無効となるものではない,と判断しましたが,現実には,養子縁組が相続人同士の紛争の原因になってしまうこともあります。

 

養子縁組によって法定相続人が増えれば,他の相続人の法定相続分が減ることにもなりますので,他の者からすれば納得しがたい場合も少なくありません。

 

特に,養子縁組の事実を他の相続人が知らされておらず,相続が発生した後(すなわち被相続人が死亡した後)になって初めて養子縁組の事実を知ったような場合は,なおさら,争いが起こりやすいとも言えます。

 

節税のために養子縁組を行うとしても,将来相続人同士がもめることをできるだけ避けるべく,養親となる者から,あらかじめ家族みんなに養子縁組の事実を説明し納得を得ておく,といった配慮をすることも考えるべきでしょう。

 

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年2月6日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

特別縁故者って何?~入所者の遺産が施設へ

 

施設を特別縁故者と認定~名古屋高裁金沢支部の決定

 

昨年(平成28年)12月初旬の報道によると,福井県の障害者支援施設に35年間入所し平成27年に亡くなった身寄りのない男性の遺産について,名古屋高裁金沢支部が,施設を男性の特別縁故者と認定し,遺産約2200万円を施設に分与するとの決定を出したとのことです。

 

「特別縁故者」という言葉,初めて聞く方も多いかもしれませんね。

 

人が亡くなると,その人(被相続人)の遺産は法律が定めた相続人(法定相続人)が相続します。

しかし,被相続人に配偶者も子どももおらず,父母や兄弟姉妹は既に他界し,甥姪も存在しない,というような場合,法定相続人が一人も存在しないことになります。

少子化が進み,生涯結婚しない人も増えている昨今,このようなケースは必ずしもめずらしくありません。

 

また,法定相続人にあたる人はいるが,全員が相続放棄の手続を取り,結果,相続人が一人もいない状態になることもあります。

 

このように相続人が不存在の場合,民法は,相続人ではないが被相続人と特別に深い縁故を持っていた者に遺産を分与する制度を定めています。

これが「特別縁故者に対する相続財産の分与」(民法958条の3)です。

 

 

「特別縁故者」とは?

 

民法958条の3は,特別縁故者として相続財産の分与が認められる者として,

  • 「被相続人と生計を同じくしていた者」
  • 「被相続人の療養看護に努めた者」
  • 「その他被相続人と特別の縁故があった者」

を挙げ,かつ,相当性が認められる場合に財産の分与を認めるとしています。

 

例えば,被相続人と長年一緒に暮らしてきた内縁の妻や,養子縁組はしていないが幼少の頃から親子として生活してきた事実上の養子などが特別縁故者の典型例と言われています。

 

個々の案件において特別縁故者として財産分与が認められるか否かは,裁判所が具体的な事情をもとに個別に判断しますが,その判断基準は必ずしも明確ではないのが実情です。

 

 

「療養看護に努めた者」とは?~報酬が支払われていた場合

 

「被相続人の療養看護に努めた者」とは,被相続人を献身的に世話して療養看護に尽くした者をいうとされています。

そして,介護ヘルパー,看護師などが職業として被相続人の療養看護にあたった場合,正当な報酬を得て稼働していた者は,特別の事情がない限り,特別縁故者とは認められない,と考えられていますが,対価としての報酬以上に献身的に被相続人の看護に尽くした場合には,例外的に特別縁故者に該当する,と解されています(神戸家裁昭和51年4月24日決定等)。

 

と言っても,「対価としての報酬以上に献身的に看護に尽くした」とは,どのような場合を指すのか,極めて曖昧であり,結論は個々の裁判官の判断に委ねられると言わざるを得ないと思われます。

 

ちなみに,冒頭で指摘した名古屋高裁金沢支部の決定では,報道によると,

  • 施設職員は男性と地道に信頼関係を築き,食事や排せつなど日常的介護のほか,娯楽にも参加できるよう配慮し,昼夜を問わず頻発するてんかんの発作にも対応するなど,長年男性が快適に暮らせるよう献身的な介護を続けていた。通常期待されるサービスの程度を越え,近親者の行う世話に匹敵する。
  • 男性が預金を蓄えることができたのは,施設利用料の安さが大きく寄与している。
  • 専用リフト購入や,葬儀・永代供養などのサービスが,人間としての尊厳を保ち,快適に暮らせるよう配慮されており,通常期待されるレベルを超えていた。近親者に匹敵,あるいはそれ以上だ。

などとして,施設を特別縁故者と認定し,相続財産の分与を認めたとのことです。

 

 

施設が特別縁故者と認められた例は過去にもあった

 

なお,過去にも施設が特別縁故者と認められた判例はありました。

 

高松高裁平成26年9月5日決定は,労災事故により全身麻痺となって約6年間介護付き施設に入所していた入所者の相続に関し,同施設を運営する一般社団法人は被相続人の療養看護に努めた者として特別縁故者にあたると判断し,相続財産の全部(現預金約1890万円等)について同法人への分与を認めました。

この決定では,

  • 被相続人を適宜買い物やレクリエーション行事に連れ出すなどしていた。
  • 被相続人は,介助に当たる職員に身体のマッサージなど独自の介護を求めたり,無理な注文をしたり,意のままにならないと暴言を吐いたりしたことが多々あったが,職員らは献身的に粘り強く被相続人の介護又は介助に当たり,これにより被相続人もほぼ満足できる生活状況であった。
  • 被相続人の実母が死亡した際には,被相続人の依頼を受け同人に代わって,実母の葬儀等の手配をしたほか,相続財産である貯金を被相続人が相続するための手続をした。
  • 被相続人の財産から費用を支出して,被相続人の葬儀を執り行い,遺骨を寺院に納めて永代供養の手続をとった。

などの点が指摘され,被相続人が長年にわたって手厚い看護を受けてきたとされました。

 

また,那覇家裁石垣支部平成2年5月30日決定は,法人格を有しない県立の養護老人ホームを被相続人の療養看護に努めた特別縁故者にあたると認め,相続財産(預金約118万円等)の分与を認めました。

この決定では,

  • 被相続人(昭和60年6月死亡)は,昭和46年4月に入所,昭和52年頃から衰弱が激しくなり,歩行,入浴,排便等においても介助を必要とするようになり,同園の職員がその世話をし,死亡に際しては,同園の職員が葬儀を行い,その後も同園の納骨堂に遺骨を安置し,その後の供養も行っている。

といった点が指摘されています。

 

 

特別縁故者として相続財産の分与を受けたい場合~家庭裁判所の手続

 

なお,相続人が不存在の場合に,自動的に家庭裁判所が誰かを特別縁故者と認めて財産を分与してくれるわけではありません。

 

書類作成特別縁故者として相続財産の分与を受けたいと考える者は,まず前提として,家庭裁判所において相続財産管理人選任申立の手続を取り,家庭裁判所が選任した相続財産管理人によって公告等種々の手続が行われたうえで,法律上定められた期間内に特別縁故者に対する相続財産分与の申立手続を取らなければなりません。

(これらの手続については,裁判所のウェブサイトにも説明があります。)

 

特別縁故者に対する相続財産分与の申立がなされると,家庭裁判所が,

  • 分与を求める者が特別縁故者にあたるか否か
  • 分与を認めることが相当か否か
  • 分与を認めるとしてどの範囲で分与を認めるか(全部を分与するか,一部を分与するか)

を判断することになります。

 

これらの一連の手続には,少なくとも1年半程度(事案によってはそれ以上)の期間を要します。

また,申立に際しては,一定の手数料を家庭裁判所に納めるほか,相続財産管理人の報酬を確保するため,申立人が数十万円~百万円程度の予納金を裁判所に納めなければならないこともあります。

 

 

相続人不存在で,特別縁故者もいない場合,財産は国庫に

 

特別縁故者への相続財産分与がなされなければ,相続人不存在の遺産は,最終的に国庫に帰属します。

 

ちなみに,近年,相続人不存在により国庫帰属となった財産の金額は,

  • 平成26年度:433億7961万0374円,
  • 平成27年度:420億3553万9689円

とのことです(最高裁判所平成29年度一般会計歳入予算概算見積書の記載による)。

国家予算の規模からみればわずかの金額ではありますが,被相続人ひとりひとりの貴重な遺産の集積とみれば,非常に重みのある金額ですね。

 

なお,生前に遺言を作成しておけば,自分が死んだ時,法定相続人でなく,かつ,特別縁故者にも該当しない特定の人や団体に財産をわたす(遺贈する)ことも可能となります。

(但し,財産の種類等によっては,その人や団体から遺贈を拒否される場合もありますので,予め遺贈先の意向を確認したうえで遺言を作成する,といった配慮が必要です。)

 

また,例えば,内縁の妻が特別縁故者として財産分与を認めてもらえる可能性が高いと予想される場合でも,先に述べたように,特別縁故者への財産分与申立手続には時間も費用もかかりますし,最終的に特別縁故者と認めてもらえるかどうかも確実ではありません。

内縁の妻に財産を遺したいとお考えであれば,その旨の遺言を作成しておくことにより,死後,内縁の妻がわざわざ特別縁故者への財産分与申立手続を取らなくても,財産を取得することが可能となりますので,ぜひ,遺言を活用してください。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年1月10日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe