歩きスマホの代償が数百万円?~歩行者同士の事故にご用心

歩きスマホの危険性

 

スマホや携帯電話はとても便利な物ですが,使用する時と場合を考えないと,大変な事故を引き起こし歩きスマホてしまう可能性すらありますね。

歩きながらスマホや携帯電話を操作すると,画面を注視して周囲に視線が行かなくなり,人との接近にも気づきにくくなりますし,万一,人と接触・衝突した時の衝撃も,より大きくなり,大変危険です。

歩きスマホをしていてホームに転落する事故も起きていますし,自分が事故にあうだけでなく,他人を事故に巻き込んでケガをさせる危険だってあります。

 

 

歩行者同士の事故に関し,裁判で賠償を求められるケースも

 

歩きスマホだけに限りませんが,歩行中にうっかり他の歩行者とぶつかるなどして相手にケガをさせて高齢者しまった場合,その相手から損害賠償を請求される可能性があります。

 

歩行者同士の接触や衝突の場合,大きな被害になることは少ないとは思いますが,相手が高齢者などの場合,転倒して重傷を負い後遺障害が残ることもあり得ます。

歩行者同士の事故で,実際に裁判にまで発展したケースもいくつもあるのです。

 

もっとも,法律上,賠償責任を負わなければならないのは,事故に関し自分に過失がある場合です。

公表されている過去の判例で賠償を命じられたケースの多くは,加害者が走ってきたり,階段を駆け下りてきたりして被害者に接触・衝突したような事案ですが,一般的な歩行速度で歩いていて他人とぶつかった場合でも,状況によっては過失ありとして責任を負わされることがないとは言えません。

 

この点に関し,興味深い判例があります。

交差点内で91歳の女性歩行者Aさんと25歳の女性歩行者Bさんとが衝突し,91歳のAさんが転倒して骨折した事例です。

事故現場はにぎやかな商店街の交差点。

事故当日は,いわゆる歩行者天国になっていて,道路の中央付近を自由に歩行でき,非常に多くの通行人がいたようです。

25歳のBさんは友人と一緒に買い物に来ており,交差点の中央付近で,目指す店のある左方向を見ながら立ち止まりかけたところ,Bさんの右肩から背中,腰にかけての部分が,右側から歩いてきていた91歳のAさんとあたりました。Aさんは転倒して右臀部を路面で打ち,右大腿骨頸部骨折の傷害を負いました。

 

AさんがBさんに対して損害賠償を求めた訴訟で,第一審判決(東京地方裁判所平成18年6月15日判決)は,Bさんに過失ありとして,賠償を命じました。

Bさんは右前方の確認を怠って高齢のAさんの存在に気づかないまま交差点を漫然と直進歩行し,目当ての店を見つけて振り返り立ち止まろうとしたために,その右肩から腰にかけての部分をAさんの左肩と衝突させ,その反動によりAさんが転倒して傷害を負ったのであるから,Bさんには過失(注意義務違反)がある,としたのです。

(なお,判決は,Aさんにも3割の過失があると判断し,損害の7割についてBさんに賠償責任を負わせました。)

 

この判決を不服としてBさんが控訴したところ,控訴審は,一転,Bさんに過失はなかったとして,第一審判決を覆しました(東京高等裁判所平成18年10月18日判決)。

控訴審判決は,本件事故当時の状況として,交差点内は通行人が非常に多く,混み合っていたうえ,店を探しながら立ち止まる人も多く,歩行者の流れはゆっくりとしたものであったと指摘しています。

そして,Bさんが友人とともに人の流れに従ってゆっくり歩行して本件交差点の中央付近に至り,目指す店舗を探そうと首を左後方に向け,歩みを止めかかった瞬間,右肩から背中,腰にかけてAさんが接触したのに気付き,振り向いたところAさんがバランスを失いかけていたので,Aさんの手をつかみ,また,友人もAさんが持っていた日傘をつかんでAさんを支えようとしたがうまく行かず,Aさんはその場でしりもちをついた,と認定し,Bさんの歩行ないし店舗の物色行為等に有責性を見いだすことは困難であるとして,Bさんに過失はなかった,としたのです。

 

ちなみに,Aさんは,第一審段階から,Bさんが小走りで交差点に入ってきて自分に激突した,と主張していたようですが,この主張は第一審判決も控訴審判決も認めませんでした。

Bさんが小走りではなかったことを前提にしながらも,第一審判決と控訴審判決とで結論は全く反対になったのです。

両判決を比較してみても,衝突時の状況に関する認定は,非常に微妙な違いとも感じられます。

歩行者同士の事故に関し,具体的にどのような場合に過失ありとされるのか,その線引きはなかなか難しいと言えそうです。

 

なお,Bさんに過失なしとした控訴審判決も,歩行者同士の衝突事故について一般的に損害賠償責任を否定したもの人混みの歩行者ではありません。

控訴審判決は,接触する前のそれぞれの歩行態様や位置関係,双方の周囲の見通し等から,Bさんが,Aさんを発見し,Aさんとの接触を回避することが,歩行者としての通常の注意をはらっておれば,可能である,という場合には,注意義務違反(過失)があると評価できる,とも述べています。

歩行中でも,常に周囲に注意を払い他の歩行者を気遣うことを忘れないようにしたいものです。

 

 

歩きスマホ中に他人にケガをさせた場合は,過失ありと判断される可能性が高い?

 

では,歩きながらスマホや携帯電話を操作していて,他の歩行者に衝突してケガをさせた場合,裁判で賠償を求められたら,どのような判断がなされるでしょうか。

 

歩行速度や周囲の状況,相手の歩行速度・歩行態様,衝突時の状況など,事故の具体的状況にもよりますが,先ほど指摘したような歩きスマホの危険性を考えれば,歩行者としての通常の注意を払っているとはなかなか言いがたく,過失ありと判断されやすいと思われます。

また,歩行者同士の衝突で,逆に自分がケガをした場合でも,自分が歩きながらスマホや携帯を操作していて周囲を見ていなかったとの事情があれば,大幅な過失相殺がされたり,状況によっては,そもそも相手に責任はない,と判断される可能性も高くなると思われます。

 

ネット上の情報などでは,歩きスマホの危険性を逆手に取って,歩きスマホ中の人にわざとぶつかってくる当たり屋までいる,とも言われています。

スマホに夢中になるあまり,事故を起こしてしまったり,トラブルに遭うことのないよう,十分注意したいですね。

 

 

数百万円,あるいはそれ以上の損害賠償義務を負うことも

 

ちなみに,さきほどの交差点事故の第一審判決で,Bさんに命じられた損害賠償金額はいくらだったと思われますか?

 

なんと約780万円です。

 

控訴審判決ではBさんには過失はなかったとされ,賠償すべき金額はゼロとなりましたが,もし,過失あり,と判断される事故の場合,被害者に後遺障害が残ったようなケースだと,賠償金額はこのように数百万円,状況によってはそれ以上の高額となることもあり得るのです。

 

自動車の場合と異なり,歩行中の加害事故については,保険に加入していない方も多いと思われます。

ケガをした被害者が大変気の毒なことは勿論ですが,加害者にとっても,多額の賠償責任を負うこととなり,人生が一変してしまうこともあります。

加害者に支払能力がなければ,現実に被害者が賠償を受けられず救済されない,という事態もありえます。

まずは事故を起こさないことが一番ではありますが,万が一,損害賠償責任を負う事態となった場合に備え,補償を受けられる個人賠償責任保険へ加入しておくことも有用といえるでしょう。

 

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2016年12月5日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe