民法(債権法)の改正その3~根保証

根保証とは

 

みなさん、「根保証」ってご存知でしょうか。

保証という言葉はよく耳にしますが、「根保証」は聞きなれない言葉かもしれません。

一般的には、根保証とは「継続的な債権関係から生じる不特定の債権を担保するための保証」とか、「継続的な関係から生じる不特定の債務を主たる債務とする保証」と定義されています。

将来にわたる不特定の債務を保証する点に特徴があり、身元保証や、賃借人の債務の保証が典型とされています。

 

根保証の問題点

 

根保証は、将来に発生する債務を保証することから、保証人の予想を超えた過大な債務が発生し、保証人が債権者からその債務の履行を迫られるという事態が多発し、社会問題化しました。

そのため、平成16年の民法改正において、根保証のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務(金銭の貸渡し又は手形の割引を受けることによって負担する債務)を含み、かつ、個人が保証人である契約(個人貸金等根保証契約)については、

 ① 極度額

 ② 元本確定期日

を定めることが必要とされました。

なお、①の極度額を定めなかった場合は根保証契約は無効となります。

また、②の元本確定期日を定めなかった場合は、個人貸金等根保証契約の締結日から3年を経過した日に元本が確定します。元本確定期日を定めた場合でも、契約締結日から5年を超える日を定めた場合は、その元本確定期日の定めは無効となり、契約締結日から3年を経過した日が元本確定期日となります。

さらに、元本確定事由として、

・主債務者または保証人が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・主債務者または保証人が破産手続開始決定を受けたとき

・主債務者または保証人が死亡したとき

には元本が確定すると法律で規定されました。

 

 

今回の改正

 

平成16年の改正は、社会問題化して早急に対応すべきであった融資に関係する根保証において保証人を保護する観点から、個人貸金等根保証契約に限って特則が設けられたものでした。

しかし、根保証の問題点(保証人の予想を超えた過大な債務が発生しやすい点)は、継続的な商品取引にかかる代金債務や不動産賃貸借にかかる賃借人の債務などにも当てはまるため、個人貸金等根保証契約における規律を個人根保証一般に拡大すべきとの議論が起こりました。

かかる議論の結果、今般平成29年成立の民法改正では、個人貸金等根保証契約における規律のうち、極度額の定めが、個人根保証一般に拡大されました。これにより、保証人が個人である全ての根保証契約、例えば、賃貸借契約における保証や身元保証においても、極度額を定めなければ無効となることになりました。

もっとも、今回の改正においても、個人貸金等根保証契約における元本確定期日に関する規律は、個人根保証一般に拡大はされませんでした。元本確定期日に関する規律が、個人貸金等根保証契約以外に適用されなかったのは、例えば、不動産の賃貸人が根保証契約を前提として賃貸借契約を締結したにもかかわらず、元本確定期日の最長5年を超えて賃貸借契約が存続した場合、賃貸人は保証がないまま賃貸し続けなければいけないことになり賃貸人に酷である、とか、極度額の定めがあれば、保証人の責任の範囲は画され、過大な債務を背負うと言った事態は避けられる、といった意見が考慮された模様です。

また、個人根保証一般の元本確定事由としては、

・保証人が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・保証人が破産手続開始決定を受けたとき

・主債務者または保証人が死亡したとき

が規定されましたが、

・主債務者が強制執行、担保権実行の申立を受けたとき

・主債務者が破産手続開始決定を受けたとき

については、今回の改正においても、個人貸金等根保証契約に限って適用されることとされました。

これは、例えば、不動産賃貸借契約は賃借人の破産等によっても終了しないにもかかわらず、賃借人を主債務者とする個人根保証契約の元本が確定するとなると,賃貸人としては、その後は保証がないまま賃貸し続けなければいけないことになり、やはり賃貸人に酷である、といった意見があったためです。

 

なお、法人が保証人となる根保証契約では極度額の定めがなくても有効ですが、その場合、その主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれるか否かにかかわらず、保証人の主債務者に対する求償権についての個人保証(根保証でない通常の保証の場合)は無効となることとされました。

(当該求償権についての個人保証が根保証契約であるときは、その個人根保証契約において極度額の定めがあれば、その個人根保証契約は有効となります。)

 

さらに、今回の改正議論では、極度額の定めがあっても、事業のために負担する貸金等債務については、保証債務の額が多額になりがちであり、主債務者との個人的関係から安易に保証人になってしまうケースが少なくなく、より慎重な手続が必要ではないかという議論も起こりました。

その結果、今回の改正で、事業のために負担した特定の貸金等債務を主債務とする通常の保証契約(根保証契約以外のもの)及び主債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約(これらの求償権を保証する場合も含む)において、保証人が個人である場合、公証人に保証意思を事前に確認させ、かかる手続きが履践されていない保証契約は無効とするものとされました。

(ただし、保証人が主債務者の取締役や大株主、あるいは共同事業者や配偶者であるような場合には、保証のリスクを認識せずに安易に保証契約を締結するおそれは低いと考えられることから、公証人による保証意思の確認は不要とされました。)

 

実務上注意すべき点

 

今回の民法(債権法)の改正により、根保証契約における極度額の定めが、主債務が貸金等の場合における根保証契約だけでなく、広く個人根保証契約一般に拡大されることとなったため、これまで極度額の定めが不要とされていた、不動産賃貸借の債務や介護施設入居者の負う債務に対する根保証契約などについて、極度額を設ける必要があります。

根保証契約に関する改正法の施行は令和2年(2020年)4月1日からです。

この施行日以後に締結された根保証契約については、改正法の規定が適用されます。

 

この点、改正法施行前に締結した契約に関し、定期賃貸借契約における根保証契約は特に注意が必要です。

すなわち、改正法施行前に締結された(定期でない普通の)賃貸借契約の場合、当該賃貸借契約に付随する(根)保証契約は、賃貸借契約が合意更新された場合を含めてその賃貸借契約から生じる賃借人の債務を保証することを目的とするものであると解され(判例)、賃貸借契約の更新時に新たな保証契約が締結されるものではないと考えられます。よって、賃貸借契約が改正法施行後に合意更新されたとしても、上記のような保証に関しては、改正法施行後に新たに保証契約が締結されたものではなく、(根)保証に関する改正法の規定は適用されないと考えられます(※)。

(※)

なお、「一問一答 民法(債権関係)改正」(法務省大臣官房審議官筒井健夫、法務省民事局参事官村松秀樹、編著,商事法務)384頁においては、「新法の施行日以後に、賃貸借契約の合意更新と共に保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された場合には、この保証については、保証に関する新法の規定が適用されることになることは言うまでもない。」と述べられています。どのような場合に「保証契約が新たに締結され、又は合意によって保証契約が更新された」と評価されるのかは、必ずしも明らかではありませんが、かかる評価を受けるような事情がある場合は、改正法が適用されることになりますので、注意が必要です。

これに対し、定期賃貸借契約は期間満了により契約が終了し、更新はできません。改正法施行後に、施行前に締結した定期賃貸借契約が終了した場合、同内容の賃貸借契約を再契約したとしても、それは新たな契約であるため、それに伴う根保証契約も新たに締結された契約ということになります。よって、改正法施行後に新たに締結した根保証契約として、改正法が適用されることになり、極度額の定めを設ける必要があります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

2019年6月21日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その3~相続人以外の親族の貢献

相続人以外の親族の特別寄与料支払請求権が創設

 

民法(相続法)の改正により、相続人以外の親族が、無償で被相続人の療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をしたときは、相続開始後、相続人に対し、特別寄与料の支払いを請求できることになりました(改正民法1050条)。

 

具体的には、例えば、介護が必要となった高齢の被相続人の療養看護を、被相続人の息子の妻が無償で担ったような場合や、被相続人が営む農業を、被相続人の妻の連れ子(被相続人と養子縁組はしていない)が無償で長年手伝ったような場合が考えられます。

 

これまでも、被相続人の財産の維持・増加に特別の寄与をした相続人に、寄与分を認める制度はありましたが、あくまでも相続人にのみ認められるものでした。

もっとも、被相続人の息子の妻が療養看護を担ったようなケースでは、相続人である息子の寄与分を判断する中でその妻の寄与を考慮し、息子の取得する遺産を多くすることによりバランスを図る裁判例などもあります。しかし、寄与をしたのは息子の妻であるにもかかわらず息子の寄与分として認めることの法的根拠が明らかではありません。また、息子が被相続人より先に亡くなり、かつ、息子夫婦に子(代襲相続人)が存しない場合には、相続人の寄与分を判断する中で息子の妻の貢献を考慮するという方法も取れないことになります。

 

また、相続人でない者の貢献に報いる制度としては、特別縁故者に対する相続財産分与の制度(民法958条の3)がありますが、これは相続人が不存在である場合に限られるため、相続人が存在する場合には認められません。

 

さらに、被相続人に無償の療養看護その他の労務を提供した者が、被相続人との間における準委任契約や事務管理、不当利得といった法的構成により何らかの金銭を請求することも考えられますが、立証の困難性もあり、容易ではありません。

 

このような状況のもと、民法(相続法)改正により、相続人以外の親族の貢献に報い、実質的な公平を図る制度が創設されることとなったのです。

 

この制度の施行は2019年7月1日です。

2019年7月1日以降に開始した相続において適用されます。

 

 

請求権者は

 

特別の寄与料を請求できるのは、被相続人の親族であり、かつ、相続人ではない者です。

 

「親族」とは、

①6親等内の血族

②配偶者

③3親等内の姻族

のいずれかに該当する者です(民法725条)。

 

例えば、被相続人の息子の妻(いわゆる舅・姑と嫁の関係)は、1親等の姻族にあたり、上記③の3親等内の姻族として、被相続人の「親族」に該当し、かつ、相続人ではありませんので、特別寄与料の請求権者となります。

また、被相続人の妻の連れ子は、これも1親等の姻族にあたり、上記③の3親等内の姻族として、被相続人の「親族」に該当します。ただし、当該連れ子が被相続人と養子縁組をしている場合は、養子として相続人になりますので、この特別寄与料は請求できません。

 

なお、相続放棄をした者や、相続人の欠格事由に該当する者、廃除により相続権を失った者は、この請求権はありません。

 

また、請求権者が被相続人の「親族」に限られるため、内縁の配偶者や、親族にあたらない事実上の養子、同性婚のパートナーなどは、適用対象外となります。もっとも、相続人以外の者の無償の貢献に報いるという本制度の趣旨からすれば、これらの者も請求権者に含めるべきとも言えそうです。国会でも、民法(相続法)改正施行にあたり、「現代社会において家族の在り方が多様に変化してきていることに鑑み、多様な家族の在り方を尊重する観点から、特別の寄与の制度その他の本法の施行状況を踏まえつつ、その保護の在り方について検討すること」との附帯決議がなされていますので、将来的には請求権者の範囲が再検討される余地もあるでしょう。

 

 

どのような場合に特別寄与料が認められるか

 

この特別寄与料を請求するには、被相続人に対して「無償」「療養看護その他の労務の提供」をしたことが必要です。対価を得て労務を提供していた場合は、請求できません。

 

療養看護の内容としては、どの程度の行為をしたことが必要か、なかなか判断が難しいのですが、相続人の寄与分をめぐる議論においては、本来なら介護施設等への入所が必要な状態であるところを自宅で介護したような場合が考えられる、とか、目安としては介護認定の要介護2以上の状態、などとも言われています。これらが一応の参考にはなると思われますが、被相続人及び介護者、相続人らの具体的状況によって結論は変わってくるでしょう。

 

その他の労務の提供とは、被相続人が営む農業、林業、漁業、その他の自営業において、親族が無償で働いたような場合が考えられます。

 

また、無償で療養看護その他の労務の提供をした結果、被相続人の財産が維持され又は増加したことが必要です。

 

 

どうやって請求するか

 

特別寄与者は、相続開始後、相続人に対して特別寄与料の支払いを請求できますが、当事者間で協議が調わないとき、又は協議ができないときは、家庭裁判所に対して、協議に代わる処分を請求することができます(改正民法第1050条2項本文)。

管轄は、相続開始地(被相続人が死亡した時の住所地)の家庭裁判所となります(改正家事事件手続法第216条の2)。

 

特別の寄与に関する処分を求めて家庭裁判所に申立がなされると、家庭裁判所は、寄与の時期、方法及び程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮して、特別寄与料の額を定めます。

この特別寄与料の額については、相続人による寄与分の制度において、相続人が被相続人に対し療養看護等の労務の提供をした場合の算定方法が参考になると考えられます。

具体的には、療養看護の場合であれば、

第三者が同様の療養看護を行う場合の日当額✕療養看護日数✕裁量的割合

との算定方法が参考になります。

(裁量的割合とは、被相続人と看護を行った者との身分関係や、被相続人の状態、看護の専従性等を考慮して、裁判官が個別具体的な事案に応じて定める割合であり、0.5~0.7程度の範囲内で定められることが多い模様です。)

この点、あくまでも一例ですが、近時の参考判例として東京高裁平成29年9月22日決定(※)が挙げられます。

(※)東京高裁平成29年9月22日決定

この判例のケースでは、要介護4(後に要介護5)となった被相続人について、介護保険による介護サービス(訪問介護、デイサービス、ショートステイ、訪問看護等)を利用しつつ、被相続人と同居の次男が、介護をヘルパー任せにせず、食事や給水の介助、摘便、痰吸引といった介護を数年にわたり行ったところ、裁判所は次男の寄与分を認めました。

寄与分の具体的な算定にあたっては、介護当時の介護報酬基準額をもとに、要介護4の場合は6,670円、要介護5の場合は7,500円を介護報酬(日当)として用いました。

そして、要介護4及び要介護5の認定を受けていた各期間に次男が療養看護を行った日数から、ショートステイ利用日数、デイサービス利用日数(半日分)を差し引いた日数を、特別な寄与に相当する療養看護日数とし、これを上記の介護報酬(日当)額に乗じるとしました。

また、痰吸引については、次男が痰吸引を行った日数を算出したうえで、当該日数に、訪問看護(20分未満)の看護報酬2,850円を乗じるとしました。

そのうえで、被相続人と次男が親子であること、次男が被相続人所有の自宅に無償で居住し、その生活費は被相続人の預貯金で賄われていたこと、訪問介護等の介護サービスも利用していたことなどを考慮し、裁量的割合として0.7を乗じるとしました。

 

なお、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることはできないとされています。

 

特別寄与料の額が定められると、相続人は法定相続分又は指定相続分に応じて、これを負担することになります。

 

 

期間制限に注意が必要

 

特別寄与者が権利行使をするには、期間制限があります。

特別寄与者が相続の開始及び相続人を知ったときから6か月を経過したとき、又は相続開始の時から1年を経過したときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができなくなります。

相続に関する紛争の複雑化、長期化を防ぐための期間制限ではありますが、かなり短い期間となっていますので、注意が必要です。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2019年6月14日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その2~預貯金の払戻制度

平成28年の最高裁決定により、預貯金債権が遺産分割の対象に

 

従前、預貯金は、理論上、相続開始と同時に当然に相続分で分割され、遺産分割の対象とはならないと解されてきました。家庭裁判所の遺産分割調停・審判においても、相続人全員の合意がない限り、預貯金は対象に含めないこととされていました。

 

しかし、このような解釈では遺産分割紛争の解決が図りづらいことも多く、一般的な感覚にもそぐわないものであったことなどから、平成28年12月19日最高裁大法廷決定において、預貯金も、相続開始と同時に当然に相続分で分割されることはなく、遺産分割の対象となることが判示されました。

 

 

相続法改正で、預貯金払戻に関する新たな制度が創設

 

従前の「預貯金は相続開始と同時に当然に相続分で分割される」という考え方であれば、理論上、相続人は預貯金について、自分の相続分については、単独で金融機関に払い戻しを請求できるとされてきました。もっとも、現実には、金融機関は、万が一の二重払いのリスクを恐れ、預金の払戻には共同相続人全員の署名・押印を求めるのを通常の対応としてきましたが、例外的に、葬儀費用などで、どうしても至急資金が必要と思われるような場合には、金額を限って一部の相続人への払戻に応じるといった対応を取ることもありました。

 

これに対し、上記の平成28年最高裁決定の考え方によれば、遺産分割がなされるまでは、預貯金債権は共同相続人全員が共同して行使しなければならない、ということになり、理論上も、相続人全員の同意がなければ、預貯金の払戻は困難ということになりました。

 

遺産分割には長い期間を要することもよくあります。その間、預貯金の払戻を一切受けられないとすれば、葬儀費用の支払や、被相続人に扶養されていた相続人の生活費等が賄えない、といった不都合が生じる恐れが懸念されます。

 

そのため、相続法改正により、遺産の預貯金の払戻に関し、

  1. 家庭裁判所の判断を経ない払戻制度の創設(改正民法第909条の2)
  2. 家事事件手続法上の保全処分の要件を緩和(改正家事事件手続法第200条第3項)

の2つが認められることになりました。

 

これらは、2019年7月1日から施行されます。

 

 

①家庭裁判所の判断を経ない払戻制度の創設

 

各共同相続人は、遺産の預貯金のうち、各口座ごとに、

  【相続開始時の預貯金額×3分の1×払戻を求める共同相続人の法定相続分】

の計算式で算出される額までについては、他の共同相続人の同意がなくても、単独で払戻が受けられることになります。

但し、各金融機関ごとに150万円が上限とされます(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令・平成30年法務省令第29号)。

同一金融機関の複数の支店に口座がある場合でも、その金融機関からは合計150万円までしか払戻は受けられません。

 

また、上記の計算式のとおり、相続開始時の預貯金額を基準に払戻可能額が算定されることに注意が必要です。

例えば、相続開始後に、遺産の賃貸マンションの賃料が当該口座に入金され預貯金残高が相続開始時より増えたとしても、この制度による払戻は、あくまでも相続開始時の残高を基準に算定された限度額までしか払戻請求できません。

 

この払戻は、家庭裁判所の手続を経ることなく、金融機関の窓口で手続できます。

先に述べたとおり、施行日は2019年7月1日ですが、施行日前に開始した相続に関しても、施行日以後にこの制度による払戻を求めることが可能です。

払戻にあたっては、①被相続人の死亡の事実,②相続人の範囲、③払戻を求める者の法定相続分、の3点がわかる資料(戸籍全部事項証明書や法定相続情報証明書等)の提示は必ず要求されると考えられますが、具体的な手続や必要な書類は、各金融機関が定めるところになります。

 

この制度による払戻がなされた場合、払戻を受けた相続人は、遺産の一部分割により、これを取得したものとみなされます。

 

なお、被相続人の遺言がある場合は、遺言の内容によっては、この制度による預貯金払戻の対象とならないことがありますので、この点も要注意です。

 

 

②家事事件手続法上の保全処分の要件を緩和

 

現行の家事事件手続法においても、遺産分割がなされる前に預貯金の払戻を受ける手段として、同法第200条第2項に仮分割の仮処分の制度がありますが、「事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」に認められるとされ、要件が厳格なものでした。

 

改正法では、その要件が緩和され、家庭裁判所は、

  • 遺産分割の審判又は調停の申立があった場合に
  • 相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要があるときは
  • 相続人の申立により
  • 他の共同相続人の利益を害しない限り

預貯金債権の全部又は一部を仮に取得させることができる、とされました(改正家事事件手続法第200条第3項)。

 

なお、預貯金債権行使を必要とする事情として挙げられている「相続財産に属する債務の弁済」や「相続人の生活費の支弁」はあくまでも例示であり、これらの事情に限られません。具体的にどのような場合にこの仮処分が認められるかは、担当する裁判官の判断に委ねられることになります。

また、他の共同相続人の利益を害しないかどうかも、担当裁判官の判断となりますが、法制審議会(民法(相続関係)部会)の追加試案補足説明によると、原則としては、遺産の総額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内で仮分割を認めることが想定されているようです。

もっとも、事案によっては、被相続人の債務を弁済する場合など、後々の相続人間の求償において処理できるような場合に、上記の範囲を超えた仮分割が認められることもあるようであり、他方、預貯金のほかは、一応の資産価値はあるが、市場流通性の低い財産が大半を占めている場合などには、当該預貯金の額に申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内に限定するのが相当な場合もあると考えられています。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

 

 

2019年4月1日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

成人式は何歳で?~成年年齢の引き下げ

成年年齢を18歳に引き下げる民法改正法が成立

 

2019年がスタートし、今年も各地で成人式が行われましたね。
成人式といえば、これまでは20歳の節目でしたが…

2015年に公職選挙法が改正になり、選挙権年齢が18歳に引き下げられたのは記憶に新しいところかと思いますが、民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる改正法も、昨年(2018年)6月に成立しました。2022年4月1日から施行されます。

と言っても、実生活上、具体的にどのような影響があるのか、今ひとつピンと来ない方も多いかもしれませんね。

民法上、未成年者が契約などの法律行為をするには、法定代理人(通常は親権者)の同意を得なければならず、これに反する法律行為は取り消すことができるとされています(民法第5条)。
法律行為って何?と思われるかもしれませんが、身近な例を言えば、お店で物を買う行為も法律行為にあたりますし、アパートを借りる、ローンを組む、英会話教室に入会する、なども全て法律行為です。
未成年者の場合、一般的に、取引の経験や知識が十分でなく、判断能力も未熟であることから、契約によって被る不利益から保護すべく、上記のような取消(未成年者取消)が認められているのです。

(但し、親から与えられた小遣いの範囲内で買い物をした場合等々、例外的に未成年者取消ができない場合もあります。未成年者取消の詳細については、東京都など地方公共団体のウェブサイトなどにも掲載されています。)

現行法下では、20歳未満の者が親の同意なく行った法律行為は取り消すことができますが、改正法により、18歳から成年者となりますので、改正法施行後は、18歳、19歳の法律行為を未成年者取消で取り消すことはできなくなります。

 

消費者被害の拡大が懸念される

 

このように、改正法施行後は、18歳、19歳は民法の未成年者取消規定の保護を受けられなくなるため、高額なクレジットを組まされて不必要な物品やサービスを購入させられる、といった消費者被害の拡大が懸念されています。

事業者は、相手が未成年者であれば、契約を締結しても後に取り消される可能性があるため、そもそも未成年者を勧誘しないのが通常ですが、改正法により成年者となる18歳、19歳は、事業者のターゲットにされる危険が高まると考えられます。
18歳、19歳といえば、高校を卒業して進学や就職で親元を離れる人も多く、それまでと違う生活環境の中で、悪質な事業者の勧誘を受けて、誰にも相談できないまま高額・不要な契約をしてしまう、といった事態も懸念されます。
改正民法成立にあたっては、消費者被害拡大防止のための施策の指針が盛り込まれた附帯決議も可決されましたが、十分な環境整備が望まれます。

 

女性の婚姻開始年齢は引き上げられることに

 

現行法下では、男性は18歳、女性は16歳にならなければ婚姻することができないとされており、未成年者が婚姻するには父母の同意が必要とされていますが、改正法により、女性の婚姻開始年齢は18歳に引き上げられることになりました。
よって、改正法施行後は、未成年者が婚姻するという事態は生じないことになります。
なお、経過措置として、施行日(2022年4月1日)時点で既に16歳以上の女性は、18歳未満でも婚姻できるとされています。この場合は父母の同意が必要です。

 

飲酒・喫煙・ギャンブルの年齢要件は20歳以上のまま

 

民法改正により成年年齢は18歳になりますが、飲酒、喫煙や、競馬・競輪・競艇・オートレースの投票券購入については、健康面への影響や非行防止、青少年保護の観点などから、20歳以上という現行法の年齢要件が維持されることとなりました。

 

養育費の支払終期への影響は

 

成年年齢引き下げに伴い、離婚する際の養育費の支払終期には注意が必要です。
従前、離婚する際に「子どもが成人するまで養育費を支払う」と約束していた場合、成年年齢が18歳に引き下げられることになったのだから、18歳まで支払えば終わりでは?と考える人が出てくるかもしれません。
しかし、養育費の取り決めをした時点では、成人=20歳という前提で決めたはずですから、20歳まで支払義務があると考えるべきでしょう。
また、現在でも、子が大学に進学する場合には、成年年齢にかかわらず、大学卒業まで養育費を支払うケースもあります。成年年齢が18歳に引き下げられても、養育費の終期については、子どもの具体的状況に応じて決めるべきと考えられます。

 

なお、現在(2019年1月)は改正民法施行前であり、成年年齢はまだ20歳ですが、今後、養育費を定めるときは、「成人になるまで」という表現ではなく、「××歳に達した後の3月まで」や「20××年×月まで」のように、具体的な年齢や年月で終期を明記する方がよいでしょう。

 

成人式はどうなる?

 

では、成年年齢が18歳になると、成人式はどのように変わるでしょうか。

この点は、特に法律で決まっているわけではなく、成人式を主催する各自治体の判断になりますが、18歳で成人式を行うとなれば、大学受験や就職活動の多忙な時期と重なってしまう事に加え、振り袖などの和装ではなく高校の制服で出席する人が増え、呉服業界への影響が大きいのでは、といった指摘もあります。

上記のような様々な影響を考慮し、既に、京都市や蕨市など複数の自治体が、民法改正後も現在と同様に20歳を対象に式典を行うことを表明しています。同様の自治体が増えるのかどうか、今後の動向が注目されます。

 

[弁護士 奥田聡子]

2019年1月15日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(債権法)の改正その2~時効

時効制度改正の概要

 

2020年4月1日施行予定の改正民法(債権法)において、時効制度も大きく変わることになりました。

 

時効制度に関する主な改正点は、

  1. 消滅時効の援用権者に関するもの
  2. 時効の中断等に関するもの
  3. 時効の起算点と期間に関するもの
  4. 生命・身体に対する損害賠償請求に関するもの
  5. 不法行為の消滅時効期間に関するもの

です。

今回のコラムでは、実務的に影響の大きい「時効の起算点と期間」を中心にご説明致します。

 

現行法の規律

 

現行民法及び商法では、消滅時効の規律は、概要、次のようなものとなっています。

⑴ 債権の消滅時効は権利を行使できる時から10年(但し商行為によって生じた債権は5年)

⑵ 不法行為によって生じた損害賠償請求権は損害及び加害者を知った時から3年

⑶ 医者の診療報酬や設計士の報酬は3年、弁護士の報酬は2年、卸売商人の代金は2年、飲食代金や運送賃は1年 等

 

※ 上記以外にも規律があり、労働基準法などの特別法にも種々の規律があります。

 

現行法の問題点

 

現行法では、職業別に短期の消滅時効が定められていますが、これらの規定には、多くの問題点がありました。

 

まず職業別に短期の消滅時効が定められているため、どの規定が適用されるのかを確認する手間や適用の誤り、見落としの可能性が発生することや、新しく生まれた業務について、これら規定の適用を受けるか否かの判断が難しいケースが発生していました。

 

さらに類似する債権、あるいは隣接する職種が生じてきたにもかかわらず、それら債権には短期の消滅時効が適用されない結果、時効期間において大きな相違が発生することから、そもそも職業別の短期消滅制度の合理性に疑問が生じていました。

 

また現行法では、10年という一般の消滅時効期間に対する特則として、商行為によって生じた債権については、5年という短期の消滅時効期間が定められていましたが、これも適用対象が不明確であるとか、銀行の貸付債権には適用され、信用金庫の貸付債権には適用されない、といった不合理性が指摘されていました。

 

職業別の短期消滅時効の廃止と時効期間長期化の回避

 

かかる問題点を受けて、今回の改正により、職業別の短期消滅時効は廃止されることになりました。

もっとも、これにより、短期消滅時効の適用の有無について迷うことは無くなるものの、これまで短期の消滅時効期間が適用されてきた債権について、10年間というこれまでよりも長期の時効期間に服するとなると、債務者は支払を証する資料(領収書等)を長期間保存しなくてはならないといった弊害が懸念されました。

 

この弊害の解消方法として、10年という時効期間を5年とする案が法制審議会において検討されましたが、時効の起算点である「権利を行使することができる時」から5年とすると、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権の場合、債権者(被害者)が大きな不利益を被る可能性があるという問題点が指摘されました。

 

そこで、改正法では、「権利を行使することができる時」から10年という消滅時効の外に、新たに「権利を行使することができることを知った時」から5年という消滅時効を新たに設けることになりました。

 

改正法における消滅時効制度

 

このように、改正法では、

  • 「権利を行使することができる時」という客観的起算点から10年間
  • 「権利を行使することができることを知った時」という主観的起算点から5年間

 

という2つの規律が設けられ、いずれかに該当すれば消滅時効が完成することになりました。

現行法下で職業別の短期消滅時効が適用されてきた債権については、一般的に、債権者があらかじめ契約時から「権利を行使することができることを知っ」ていると考えられますので、客観的起算点と主観的起算点が一致し、そこから5年で消滅時効が完成するのが通常と考えられ、領収書の保存等、時効の長期化による負担を軽減することが可能となります。

一方、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権など、権利行使が可能であることを早期に認識することが困難な債権については、客観的起算点から10年間(「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の場合は20年間)の時効期間が維持されることにより、債権者が被る不利益の回避が図られたといえます。

 

なお、主観的起算点から5年で消滅時効が完成するという規律を導入したため、5年の商事消滅時効は廃止されることになりました。

 

※ 改正法では、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」の時効期間については、生命・身体に侵害を受けた被害者の権利行使の機会を十分に確保すべく、客観的起算点から20年間とされ、財産等の侵害による請求権に比して、客観的起算点からの時効期間の長期化が図られました。

 もっとも、「人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権」についても、改正法下において、主観的起算点から5年間で時効消滅することは、財産等の侵害による請求権と同様です。よって、例えば、医療過誤による事故や労働契約上の安全配慮義務違反による事故など、生命・身体の侵害に関する債務不履行による損害賠償請求の場合でも、事故時から被害者が「権利行使することができることを知った」と言えるような状況であれば、その時点から5年間で時効消滅することになり、現行法(10年)より時効期間が短期化することになりますので、この点は注意が必要です。

(なお、生命・身体を害する不法行為による損害賠償請求権の時効期間について、現行法では主観的起算点から3年間とされていたものが、改正法では5年間となり、生命・身体の侵害による損害賠償請求権について、債務不履行、不法行為のいずれによる場合も、消滅時効期間は同じとなりました。)

 

※ 賃金債権の消滅時効は、現行の労働基準法第115条で2年とされています。賃金債権の時効期間が現行の2年のまま維持されるのか、それとも、改正民法で債権の消滅時効が原則5年(主観的起算点から)となることとのバランス上、賃金債権についても時効期間を延ばすべく労働基準法も改正されるのか、企業側と労働者側で意見が対立している模様であり、本コラム執筆時においては、結論が出ていない状況です。

 

実務上の留意点

 

客観的起算点から10年、主観的起算点から5年、という2つの規律の適用関係に留意する必要があります。

すなわち、客観的起算点から10年、あるいは主観的起算点から5年のいずれか早い時期を経過すれば時効期間は完成してしまうということです。

例えば、客観的起算点から7年を経過した後に「権利を行使することができることを知った」(主観的起算点)としても、客観的起算点から10年で時効期間は完成するのであり、主観的起算点から5年(客観的起算点から12年)で時効期間が完成するわけではないということです。

 

また、改正法施行日は2020年4月1日とされていますが、施行日前に生じた債権については現行法の規律が適用されます。

この「施行日前に債権が生じた場合」には、「施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。」とされています。

例えば、施行日前に請負契約が締結され、施行日後に請負業務が完成して報酬請求権が発生したような場合は,現行法の規律が適用されることになります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

 

2018年12月5日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(相続法)の改正その1~自筆証書遺言に関する改正

相続に関する改正法が成立

 

相続に関する改正法が平成30年7月6日に国会で成立し、同年7月13日に公布されました。

 

以前、当サイトのコラム自筆証書遺言って面倒?~方式緩和検討中において、

自筆証書遺言の方式が緩和される?

自筆証書遺言書の保管制度が創設されるかも?

といった改正案の検討状況をご紹介していましたが、これらの点も改正法が成立しました。

 

今回のコラムは、自筆証書遺言に関する改正の概要をご説明します。

 

 

自筆証書遺言の方式緩和~財産目録は自筆でなくてもOK

 

自筆証書遺言の場合、現行の民法では、「全文、日付及び氏名」を全て自筆で書き、これに印を押す必要があります。

しかし、遺言書の全てを自筆で書くとなると、財産が多岐にわたる場合や、財産を残したい相手が複数名に及ぶ場合などには、相当長文で細かい内容の遺言になることがあり、特に財産内容の詳細を正確に全部自筆で書くのはかなり労力が必要です。

 

この点、改正により民法968条2項が新設され、自筆証書遺言に財産目録を添付する場合には、その財産目録については、自筆でなくてもよいことになりました。

具体的には、財産目録はパソコンで作成してプリントアウトしたものを添付しても構いませんし、あるいは、不動産登記事項証明書や預貯金通帳のコピー等を財産目録として添付することも可能です。

但し、これら自筆でない財産目録は、全てのページ(両面に記載がある場合は両面とも)に、遺言者が自筆で署名し、かつ押印をしなければなりません。

具体的なイメージは、法務省のwebサイトにサンプルが掲載されています。

 

なお、自筆証書遺言の方式緩和については、2019年(平成31年)1月13日から施行されますので、それ以後に自筆証書遺言を作成する場合は、上記の方式で作成することが可能となります。

もっとも、施行後も、財産目録も含め全て自筆で書きたい方は、勿論自筆で書いても構いませんが、財産目録の内容に誤記や漏れがないよう、正確に記載するようにしてください。

 

自筆証書遺言保管制度の創設

 

また、法務大臣の指定する法務局(遺言保管所)において自筆証書遺言を保管する制度が新たに創設されることになりました。

(詳細は法務省のwebサイトにも掲載されています。)

 

保管の対象となるのは、民法968条の自筆証書によってした遺言(自筆証書遺言)に係る遺言書のみです。

また、遺言書は、封のされていない法務省令(別途定められる予定)で定める様式に従って作成されたものでなければなりません。

 

遺言書の保管を申請するには、遺言者の住所もしくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言保管所に、遺言者自ら出頭して行う必要があります。

保管申請がなされた遺言書は、遺言保管所の施設内で原本が保管されるとともに、その画像情報等が管理されます。

遺言者の死後、相続人や受遺者等は、遺言書保管所に遺言が保管されているかどうかを照会し、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求や遺言書原本の閲覧請求ができます。

 

また、遺言保管所に保管されている遺言書については、遺言者の死後、家庭裁判所の検認の手続が不要となりました。

 

なお、現在は、まだこの自筆証書遺言保管制度は始まっておらず、自筆証書遺言を法務局に預けることはできませんのでご注意ください。この保管制度は、遅くとも2020年7月13日までに始まるとされていますが、具体的な日程は今後政令で定められることになります。(※)

また、遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書等の交付請求をするには、政令で定める額の手数料の納付が必要となります。

 

(※)追記(2018.11.27)

2018年11月21日公布の政令により、自筆証書遺言の保管制度が施行されるのは、2020年7月10日となりました。

 

[弁護士 奥田聡子]

2018年10月19日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

民法(債権法)の改正その1~法定利率

民法(債権法)改正作業・審議の経過

 

個人や企業の活動を規律する法律として民法(明治29年法律第89号)があります。

これは明治29年4月27日に成立し、同31年7月16日に施行された法律ですが、その後、今日に至るまで、大きな改正はなされないままでした。

しかし、民法が成立した当時と今日では、個人や企業を取り巻く環境には大きな隔たりがあり、また数多くの判例が生まれ、実質的に法律の内容が修正されるような事態も生まれていますが、このような状況は、法律の専門家ではない国民一般にとっては分かり難いものとなっていました。

 

そこで、政府は、平成21年10月、社会経済の変化への対応と国民一般に分かり易いものとするとの観点から、民法、特に取引社会の基本的取決めである債権関係の規定の見直しを法制審議会に諮問し、民法部会が設置されて改正作業が始まりました。

 

平成23年4月に「中間的な論点整理」が、同25年2月には「中間試案」がそれぞれ決定され、同26年8月には「要綱仮案」が決定されました。そして、平成27年2月に「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」が決定されました。

この要綱案は、法務大臣に答申され、平成27年3月、第189回国会に「民法の一部を改正する法律案」と、その整備法案(施行に伴う新法・旧法の適用関係などの規律を定める法律案のこと)である「民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」が提出され審議が始まりました。そして、平成29年4月14日に衆議院本会議で可決され、同年5月26日の参議院本会議でも可決されて、成立しました。

 

この2つの法律は、平成29年(2017年)6月2日に公布され、2020年4月1日(一部例外を除く)に施行されます。

 

法定利率の変更

 

今回の改正は債権関係を中心に約200項目にも亘っており、市民生活や企業取引に大きな影響が及ぶものと考えられますが、本コラムでは、その中で「法定利率」の変更を取り上げたいと思います。

 

法定利率って何?

 

皆さんは、「法定利率」ってご存知でしょうか。対立概念としては「約定利率」というものがあり、当事者間で決めた利率のことを指します。これに対し、「法定利率」とは、法律で定められた利率のことを指し、利息が発生するような場合で契約による利率の定めが明らかでない場合と、利息が法律の規定によって発生する場合に適用されます。

 

現行法では次のように規定されています。

【民法404条】 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、年5分とする。

 

「年5分」という割合は民法制定時から変更はなされていません。起草者の説明では明治29年当時の通常金利が年5分程度だったため、法定利率も同率にしたようです。

ちなみに、商取引の場合の法定利率は年6分(商法514条)とされています。

 

この「年5分」という利率には、昨今の低金利を踏まえると高すぎるという批判がある一方、民法の制定以来、公定歩合が5%を超えていた時期もあったという指摘もあり、単純に5%より低い利率を定めて固定すればよいということにはなりません。

 

変動利率制の導入の理由

 

固定利率制への批判としては、法定利率が市場金利を大幅に上回っている場合、債権者にとって市場金利よりかなり有利な利率が適用される結果、金銭債権の通常の運用益以上の利益を債権者に認めることとなり当事者間の公平を害する、他方、法定利率が市場金利を大幅に下回っている場合、弁済資金を調達するために融資を受ける(この場、市場金利を考慮した金利が約定される。)より、債務の履行を延滞した方が有利となり、支払遅延を誘発するおそれがあり、当事者間の公平を害する、というものです。

 

そこで、今回の改正においては、法定利率について、固定利率制をやめ、変動利率制を導入することとなりました。

 

改正法の内容

 

今回の改正によって、法定利率に関する条項は大きく変更されました。具体的には以下のとおりです。

【民法404条】

  1. 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。
  2. 法定利率は、年3パーセントとする。
  3. 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を一期とし、一期ごとに、次項の規定により変動するものとする。
  4. 各期における法定利率は、この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)における基準割合と当期における基準割合との差に相当する割合(その割合に1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)を直近変動期における法定利率に加算し、又は減算した割合とする。
  5. 前項に規定する「基準割合」とは、法務省令で定めるところにより、各期の初日の属する年の6年前の年の1月から前々年の12月までの各月における短期貸付の平均利率(当該各月において銀行が新たに行った貸付け(貸付期間が1年未満のものに限る。)にかかる利率の平均をいう。)の合計を六十で除して計算した割合(その割合に0.1パーセント未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)として法務大臣が告示するものをいう。

 

この法定利率に関しては、附則第15条が次のように規定されています。

【附則第15条】

  1. 施行日前に利息が生じた場合におけるその利息を生ずべき債権に係る法定利率については、新法第404条の規定にかかわらず、なお従前の例による。
  2. 新法第404条4項の規定により法定利率に初めて変動があるまでの各期における同項の規定の適用については、同項中「この項の規定により法定利率に変動があった期のうち直近のもの(以下この項において「直近変動期」という。)」とあるのは「民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)の施行後最初の期」と、「直近変動期における法定利率」とあるのは「年3パーセント」とする。

 

結局、どうなるの?

 

改正後の民法第404条及び附則第15条の規定から、法定利率、及びその適用は次のようになります。

 

① 改正法施行時の法定利率は年3パーセントである。

② 改正後に生ずる利息の法定利率は、別段の意思表示のない限り、最初に利息が生じたときの法定利率によることとなり、その後、法定利率に変動があっても影響をうけない。

③ 改正法施行日前に利息が発生している場合の法定利率は、旧法の年5パーセントである。

④ 法定利率の見直しは3年を一期とし、一期ごとに行われる。

⑤ 法定利率の見直しは、直前期との基準割合の金利差が1パーセント以上生じないと行われず、かつ金利差のうち1パーセント未満は切り捨てられ、1パーセント単位で変動する。

 

なお、改正法の施行に伴い、商事法定利率は廃止され、法定利率は一本化されます。

 

実務への影響

 

現実には、金銭消費貸借契約などで利息を付すことを合意する場合、あわせて利率も約定するのが通常かと思われます。

よって、法定利率の適用が具体的に問題となるのは、主に、利息が法律の規定によって発生する場合であり、例えば、不当利得の法定利息や金銭債務不履行における損害賠償の遅延損害金の利率などが考えられます。

また、金銭消費貸借契約において、利息を付すことを合意していなければ、貸主はそもそも利息を請求することはできませんが、例外として、商人間で金銭消費貸借契約を締結したときは、利息を付すとの合意がなくても、貸主は法定利息を請求することができます(商法第513条1項)。

これらについては、改正法の影響を受けることになります。

 

さらに、改正法では、例えば、交通事故の損害賠償請求などでよく問題となる逸失利益(将来において取得すべき利益)や将来の介護費用などについて、その損害賠償額を計算する際に中間利息を控除するときは、その損害賠償請求権が生じたときの法定利率によって計算されることが、新たに規定されました(改正民法417条の2)。

よって、改正法が施行されると、とりあえず当面の間、中間利息の控除は年3パーセントで計算されることとなり、改正前に比して控除額が少なくなる(すなわち、賠償すべき額が多くなる)ことが想定されます。

なお、中間利息の控除に関しても、経過規定(附則第17条2項)が定められており、施行日前に生じた損害賠償請求権については、改正法は適用されません。

具体的には、交通事故の場合、施行日前に発生した事故であれば、中間利息の控除は年5パーセントで計算され、施行日(2020年4月1日)以後に発生した事故であれば、年3パーセントで計算されることになります。

 

[弁護士 奥田孝雄]

 

2018年7月12日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

インターネットで訴状が提出できるように?~裁判のIT化

民事裁判の訴状などの記録を電子化する方針

 

つい先日の新聞報道によると、政府は、これまで紙での提出を原則としてきた民事裁判の訴状・準備書面などの記録について、近々、電子化する方針を固めたとのことです。

インターネット上に新設される専用サイトを通じて、訴状や準備書面等の書面を提出できるようにする模様です。

 

政府は、昨年閣議決定した「未来投資戦略2017」に基づき、裁判のIT化を推進するための有識者検討会を内閣官房に設置し、検討を進めてきました。

報道によると、政府は、早ければ2020年度の導入を目指す方針とのことです。

ちなみに、裁判手続等のIT化検討会の議事要旨等は同検討会のwebサイトから見ることができます。

 

現状、裁判の提出書類は、膨大な量

 

現在の民事裁判においては、訴状、答弁書、準備書面、書証(証拠書類)などは、原則、全て紙の書面で作成し、提出する必要があります。

これらの書面は、事件によっては、膨大な枚数にのぼることもめずらしくありません。

これらの書面を裁判で提出する際には、裁判所や事件の相手方に届けなければならず、その方法は、持参・郵送・FAX送信のいずれかになります。

自分の手元にも控えを残しておく必要があり、印刷やコピーの労力・費用も大変かさみます。

 

我々弁護士は、担当する事件ごとに裁判書類の自分の控え分をファイリングしていますが、一つの事件のファイルが、分厚い電話帳何冊分もの厚みになることもよくあります。

(もっとも、最近では、分厚い電話帳なるもの自体、めっきり見かけなくなりましたが…)

 

裁判期日が開かれるたびに、このような分厚い書類を持参しなければならず、キャスター付きのカバンに書類を大量に詰め込んで、エッチラオッチラ引っ張りながら裁判所に向かうこともしばしばです。

 

また、書類の保管場所の確保も大変です。

多くの法律事務所では、事務所内のスペースだけでは書類を保管しきれず、終了した事件の書類などは、倉庫などを借りて保管していることも少なくありません。

もちろん、裁判所においても、気の遠くなるような大量の事件書類が保管されています。

 

 

弁護士業務のIT化、今昔

 

なお、筆者が弁護士になった20数年前の裁判では、書類を提出する際、FAXでの提出すら認められておらず、持参または郵送しなければなりませんでした。

平成10年から施行された改正民事訴訟法において、FAXでの提出が可能となり、当時は、「便利になった!」と喜んだものですが、今となっては隔世の感がありますね。

ちなみに、筆者は、弁護士になる前の司法修習生時代は、書面作成にはワープロ専用機(!)を使用しており、弁護士になると同時にパソコンを使い始めましたが、当時、修習でお世話になった先輩弁護士の中には、手書きで書いた文面を事務員さんにワープロ打ちしてもらっている方もたくさんおられました。

 

現在、筆者の業務では、書面をパソコンで作成するのはもちろん、依頼者や関係者と電子メールでやりとりすることもかなり増えました。

役所や官公庁のwebサイトも充実してきて、業務上必要な登記関連の情報や税務関係資料など、昔はいちいち足を運ばなければ入手できなかったものが、インターネットを通じて入手することも非常に容易になりました。

 

また、Googleマップの画像で、例えば、交通事故の案件に関して、事故現場の道路状況・位置関係などを見たり、不動産をめぐる案件に関して、問題となっている土地・建物等の画像を見て位置関係を把握したりすることも、場所によっては可能となりました。20数年前には想像もしなかったことです。

もちろん、現在でも、事件処理の過程で実際の現場に足を運ぶことも多々ありますが、特に、相談者から初めて事情をお聞きする際などには、とりあえずの状況把握として、インターネットですぐに現地の状況を見て理解を深めることも可能となり、大変役に立ちます。まさに百聞は一見にしかず、です。

 

裁判のIT化に関しては、セキュリティやデジタルデバイド(情報通信技術を使いこなせる人とそうでない人に生じる格差)の問題など、検討課題もまだあると思われるものの、ようやく本格的に前に進み始めるようです。

我々弁護士の業務にも大いに影響がありますので、今後の動向に注目したいと思います。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2018年3月13日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

相続登記を放置するとどうなる?~所有者不明土地問題

所有者不明土地問題について民間有識者研究会が提言を発表

 

先頃の報道によると、民間有識者らでつくる「所有者不明土地問題研究会」(座長:増田寛也元総務相)が、12月13日、所有者不明土地の解消に向けた提言の最終報告を発表したとのことです。

 

そもそも所有者不明土地問題って何?と思われる方もおられるでしょう。

土地の所有者は、不動産登記簿に記載されており、法務局で登記簿を閲覧すれば、その土地の所有者が誰であるか、わかる仕組みとなっています。

ところが、登記簿を見ても、現在の所有者がすぐにはわからない、あるいは、所有者が判明しても連絡がつかない、といった土地が多数発生しているというのです。

 

このような所有者不明土地は、例えば、自治体にとっては、公共事業用地の取得や、農地の集約化、森林の適正な管理等を行う上で支障を来しかねず、喫緊の課題となっており、国土の適切な管理や、防犯・防災・国土強靱化等の観点からも問題であると指摘されています。

上記研究会の最終報告においては、所有者不明土地問題に関する今後の施策について、様々な提言が述べられています。

 

また、政府も、所有者不明土地問題の解消に向け、法定相続情報証明制度の利用範囲の拡大推進、長期相続登記未了土地の解消に向けた仕組みの創設、相続登記の促進のための登録免許税の特例の要望など、様々な取組を進めようとしています。

 

 

なぜ登記簿を見ても所有者が分からないのか

 

そもそも、なぜ不動産登記簿を見ても、所有者がすぐにわからないということが起こりうるのでしょうか。

その原因の一つが、相続登記を行わないまま長年放置されている土地や建物が多数存在するということです。

 

不動産の所有者が亡くなると、法律上は、その不動産を相続した人が所有者となります。

しかし、不動産登記簿上の所有者名義は自動的に相続人には変わりません。

登記簿上の所有者を相続人に変更するには、相続人自らが法務局に申請して相続登記の手続を取らなければならないのです。

 

この相続登記手続には、相続関係を示す戸籍などの書類を揃えなければならないほか、遺言がある場合や家裁の調停・審判手続等を経た場合などを除き、基本的に共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となります。

金銭的には、戸籍等の書類取り寄せ費用や法務局に納める登録免許税などの実費がかかりますし、登記申請手続を司法書士さんに依頼すればその報酬も必要となります。

 

他方、今のところ、相続登記をいついつまでに行わなければならない、といった決まりはありません。

相続登記をしてください、といったお知らせが国などから来ることもありません。

上記のとおり、相続登記には費用や労力がかかる反面、相続登記を行わなくても、さしあたって特に支障がないことも多いため、すぐに登記しなくてもいいや、と軽い気持ちで放置されるケースも少なくないのです。

また、そもそも、登記簿を相続人の所有名義にするには相続登記手続をしなければならない、ということを知らないまま、という方もいらっしゃるようです。

 

相続人自身が居住している自宅などであれば、相続登記手続を速やかに取る人が比較的多いとは思いますが、筆者が経験した事案では、先祖代々の本家として居住してこられた自宅について、数十年間、相続登記を行っておられず、とうの昔に亡くなられた数代前の人の所有名義のままとなっていたケースもありました。

ましてや、遺産の不動産が行ったこともないような遠くなどであったり、利用しにくい土地だったりすると、ますます相続登記を行うことなく放置されやすいと言えます。

 

 

相続登記をしないで放置することのリスク

 

では、相続登記を行わないまま放置すると、その不動産を相続した所有者にとっては、どのような事態が起こりうるでしょうか。

不動産を相続した当初は、さしあたって支障がなかったとしても、年月が経って、いざその不動産を売却したい、とか、その不動産を担保にお金を借りたい、といった状況になった場合、登記簿上の所有名義が亡くなった人のままでは、売却も借入も進めることができません。

そこで、改めて相続登記を行って所有名義を変更する必要が出てくるわけですが、相続登記を行うには、先に述べたとおり、基本的に、亡くなった所有名義人の共同相続人全員による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要です。

ところが、相続登記を行わないまま年月が経つと、共同相続人の中にも亡くなる人が現れてきます。そうなると、相続登記を行うには、その亡くなった共同相続人のさらに相続人による遺産分割協議書や印鑑証明書が必要となってきます。亡くなる人が増えるたび、相続登記を行うために協力が必要な相続人の数がどんどん増える、と言う事態が生じ得るのです。

結果的に、登記簿上の所有名義を変更する必要が生じた段階でいざ相続登記を行おうとしても、相続人が膨大な人数になっていたりすることもあるのです。

 

先ほど挙げた、数代前の人の所有名義のままだった事案では、相続人が数十名にのぼってしまっており、当該不動産に居住されている方の所有名義に変更すべく相続登記するためには、他の相続人全員の承諾をもらう必要が生じてしまいました。

もっとも、その事案では、ほとんどの相続人同士が懇意にされていたため、何とか全員の承諾を得て、幸い相続登記をすることができました。

ところが、事案によっては、相続人同士が疎遠であったり、相続人の中に音信不通や行方不明の人がいることもあります。

特に、子どもがおられない場合は、相続人が兄弟姉妹や甥姪にまで広がり、相続人の数が膨大になりやすいだけでなく、相続人同士がほとんど会ったこともない間柄ということもありえます。そうなると、いざ不動産を自分の所有名義にしたいと思っても、相続人全員の承諾をもらうどころか、相続人の所在を探し当てて連絡を取ることすら大変苦労するということがあります。

また、どうしても行方がつかめない相続人がいたりすると、名義を変更するためには、さらに費用と労力をかけて、不在者財産管理人を家庭裁判所で選任してもらう手続を取るしかない、という事態に陥ることもあります。

さらに、近時、よく直面するのが、相続人の中に認知症になる人が出てくるケースです。認知症の進行により判断能力が低下してしまわれた場合、家庭裁判所でその人の成年後見人を選任してもらわなければ、不動産の遺産分割協議が進められない事態も生じてきます。

 

 

例えば、こんな事態も起こりうるかも…

 

例えば…

Aさんの父親が亡くなりました。

母親はだいぶ前に亡くなっていたため、相続人はAさん(60歳)、Aさんの姉(68歳)、弟(58歳)の三名です。

相続人三名で協議した結果、遺産のうち自宅の土地建物は、父親と同居していたAさんが相続して住み続けることとし、姉と弟は遺産の預金を半分ずつ相続することで円満に決まりました。

姉と弟は、自宅をAさん名義に変えるのに必要な書類があれば、いつでもハンコを押すよ、と言ってくれましたが、Aさんは、登記の費用もかかるし、すぐに登記しなくても住み続けるには問題ないだろう、と軽く考え、亡父所有名義のまま放置してしまいました。

その後、8年が経ち、Aさんは、うっかり骨折してしまったのを機に、自宅土地建物を売却して便利な場所に引っ越したいと考えるようになりました。

しかし、登記簿上の所有名義は亡父のままであるため,このままでは売却できません。

Aさんは、自宅を売却するため、とりあえず自分の所有名義に相続登記したいと考えました。

ところが、8年の間に状況は一変していました。

弟は経営していた会社が去年倒産し、以来音信不通となってしまっており、連絡先すらわからない状態となっていたのです。

また、姉は、数年前に病気で亡くなっており、姉に子どもはおらず、姉の夫も後を追うように亡くなってしまっていました。相続登記をするには、姉の夫の相続人の協力が要るようだと耳にしましたが、これまで親戚づきあいがほとんどなかったため、誰が相続人なのか、Aさんには俄かにはわかりません。

その後、苦労して調べた結果、姉の夫には、相続人として、兄が2名、姉が1名、妹が1名いるらしいことが判明しました。

Aさんから、これらの人々に対し、相続登記に協力してほしいと手紙を送ったところ、一番下の妹さんから、次のような返事がありました。

「私たち相続人の協力が必要とのことですが、姉は数年前から認知症を発症しており、相続登記に協力してほしいというAさんからの依頼を理解するのは難しい状況です。また、一番上の兄はつい2週間前に心筋梗塞で突然亡くなりました。この兄には、相続人として妻と息子二人がいますが、息子のうち一人はカメラマンで、数年かけて海外を放浪しているらしく、兄の葬儀の際も連絡がつかなかったようで、今回のAさんからのお申し出もいつ伝えられるかわからないようです…」

 

…これは、筆者が考えた架空のケースではありますが、似たような事案は実際に起きており、決して絵空事ではありません。

Aさんからしたら、弟が音信不通になってしまうとか、相続登記を行うのに姉の夫の兄の息子(海外放浪中)の協力が必要になるなどとは、到底予想だにしなかったでしょう。

父親が亡くなった直後、相続人三名で協議した際に相続登記をしていれば、Aさんと姉弟の三名で、容易にAさんの名義に登記できたはずなのに…

 

万が一このような事態に陥ることを避けるために、不動産を相続されたら、速やかに相続登記を行い、ご自身の所有名義にすることをお勧めします。

 

[弁護士 奥田聡子]

2017年12月28日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe

認知症事故と損害賠償~最高裁判決とその後の自治体等の動向

 神戸市が認知症事故に救済制度を創設

 

先月末頃の報道によると、神戸市が、認知症と診断された高齢者等が起こした事故などについて、上限付きの給付金を支給する救済制度の創設を決めたとのことです。

 

今後、年度内に救済制度を盛り込んだ条例案をまとめて市議会に提案し、2019年度からの運用開始を目指すとしています。

 

給付金は公費負担を柱にし、金額は犯罪被害給付制度や自賠責保険の上限額3000万円を参考に検討するとのことであり、対象者や対象事故の詳細は今後さらに協議・検討される模様です。

 

 

大和市は事故に備えて損害保険に加入する議案を可決

 

また、神奈川県大和市は、市が保険契約者、徘徊の恐れのある高齢者等を被保険者として、踏切事故などにより第三者に負わせた損害を補償する賠償責任保険に加入する補正予算案を可決しました。

保険の対象者は「はいかい高齢者SOSネットワーク」の登録者とし、補正予算額として初年度の保険契約料約323万円が計上され、事故を起こした徘徊者のけがなどを補償する傷害保険にもあわせて加入するとのことです。

 

 

認知症による徘徊で生じた損害の責任は誰が負うのか~最高裁平成28年3月1日判決

 

このように、自治体が認知症の人が起こした事故への補償問題に取り組む契機となったのが、最高裁平成28年(2016年)3月1日判決です。

判決当時かなり話題になりましたので、ご記憶の方も多いと思います。

 

事故は2007年に愛知県で発生しました。

認知症の高齢男性が徘徊中に鉄道線路に立ち入り、列車に衝突して死亡したのです。

鉄道会社は、当該事故により列車に遅れが生じ振替輸送費等の損害を被ったとして、死亡した男性の妻と子らに対して、賠償を求める訴訟を起こしました。

1審では妻及び長男、2審でも妻の責任が認められ、賠償が命じられましたが、最高裁平成28年3月1日判決はこれを覆し、妻にも長男にも責任はないと結論づけました。

 

 

監督義務者としての責任

 

そもそも、事故を起こしたのは死亡した男性であるにもかかわらず、なぜその妻や長男が損害賠償を求められる事態となったのでしょうか。

 

この点、民法713条では、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。」とされています。

上記事件の裁判では、死亡した男性は、事故当時、認知症が進行していたために、責任を弁識する能力がなかったと判断されました。

このような場合、当の男性は、上記の民法の規定に基づき、事故によって発生した損害の賠償責任を負わないことになります。

 

他方、民法714条では、「(略)責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。(略)」とされています。

上記事件の2審判決は、この規定に基づき、妻は監督義務者に当たるとしてその責任を肯定しました。

 

これに対し、最高裁判決では、同居する配偶者であるからといって監督義務者に当たるとすることはできない、としました。

また、妻は事故当時85歳で、自身も要介護1の認定を受けており、夫の介護も長男の妻の補助を受けて行っていたこと、長男は20年以上死亡男性と同居しておらず、事故直前の時期においても月3回程度週末に死亡男性宅を訪ねていたにすぎないこと、などを指摘して、妻、長男のいずれも、死亡男性の第三者に対する加害行為を防止するために監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず、その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない、として監督義務者に準ずべき者にもあたらないとしました。

 

もっとも、上記最高裁判決はあくまでも上記の事故に関しての結論であり、認知症患者が起こした事故について常に家族が責任を負わないとしたものではありません。同様の事故が起きたとき、具体的状況次第では、家族が責任を負わなければならない可能性も否定できないと言えます。

 

また、最高裁判決の事故では、被害者たる鉄道会社は大企業であり、列車の乗客等にケガなどの人的被害はありませんでしたが、認知症患者の行動によって、万一、第三者がケガをしたり亡くなったりした場合、その損害を誰が賠償するのか、被害者の救済という観点からも非常に深刻な問題となります。

 

認知症は今や誰にとっても身近な疾患であり、今後患者数は益々増えていくことが予想されています。

不幸な事故を防ぐための取り組みは勿論、万一事故が起こってしまった場合の補償についても、社会全体で支える仕組みが必要と言えるでしょう。

 

 

冒頭でご紹介した神戸市の救済制度の規定案では、認知症と診断された神戸市民が交通事故や暴力行為などで第三者にけがをさせた場合を想定し、加害者が市外の人でも被害者が市民であれば適用されるとのことです。鉄道事故による列車遅延や火災などの物損などについて対象に含めるかは、今後の検討に委ねられるようですが、大和市の取り組みも含め、自治体がこのような対策に乗り出したことは大変意義のあることであり、今後の拡がりを期待したいと思います。

 

 

個人賠償責任保険の改定や新たな特約も

 

上記最高裁判決を契機に、保険会社においても、個人賠償責任保険の改定を行うところが出てきました。

 

多くの保険会社では、事故を起こした人が認知症などのために責任無能力者であった場合、監督義務を負う別居の親族なども補償の対象とするよう、変更が相次いでなされました。

また、一部の保険会社では、線路内に立ち入って電車を止めた場合のような、人的・物的損害を伴わないようなケースにおける損害をも補償するよう、新たな特約が設けられています。

 

もっとも、これらの改定や特約は、保険加入時期や更新時期等によって適用の有無が異なることもあり、具体的な補償内容については、加入先の保険会社に個別に確認することが必要です。

 

また、上記の最高裁判決の事例でも、1審・2審・最高裁で判断が分かれたように、そもそも、どのような場合に、誰に、どのような賠償責任が生じるのかは、法的に非常に難しい判断と言えます。

いざ事故が起こった場合に、保険による補償がスムーズに受けられるかどうかは、事故の具体的状況をふまえた保険会社の判断に委ねられることにもなり、ケースによっては裁判を経ないと結論が出ない難しい判断になる可能性もあるでしょう。

 

[弁護士 奥田聡子]

 

2017年11月15日 | カテゴリー : 法律コラム | 投稿者 : okudawatanabe