はじめに
令和2年7月9日、最高裁判所第1小法廷は、交通事故により高次脳機能障害の後遺障害が残り、労働能力が全部喪失した事故当時4歳の子につき、後遺障害による逸失利益について、就労可能期間の始期である18歳になる月の翌月からその終期である67歳になる月までの間、各月に、定期金により賠償すべきことを加害者側に命じた原審判決を支持し、加害者側の上告を棄却しました。
本判決は、学説上も、実務的にも争いのあった後遺障害による逸失利益についての定期金賠償について、その可否、要件などを最高裁判所として初めて示したものとして、重要な意義を有しています。
定期金賠償とは
そもそも定期金賠償とはどのようなものでしょうか。
簡単に言うと、定期的な金銭の給付を行うことによる賠償方法のことを定期金賠償と呼びます。民法は、不法行為による損害賠償について、原則として金銭によることを規定していますが、支払方法については規定がありません。支払方法については、一時金賠償と定期金賠償の二通りが考えられますが、実務的には、一時金賠償による場合がほとんどです。
ドイツでは、身体傷害による逸失利益については定期金賠償が原則であると明文化されていますが、日本では、定期金賠償の可否や要件などについて実体法上の定めはなく、民事訴訟法117条が、定期金賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、損害額算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に、判決の変更を求める訴えを提起することができる旨を規定しているだけです。
なお、民事訴訟法117条に定める定期金賠償とは、「請求権の具体化が将来の時間的経過に依存している関係にあるような性質の損害について、実態に即した賠償を実現するために行われるもの」と解されています。
定期金賠償が認められる損害
交通事故などの不法行為が発生した場合、治療費や修理費、慰謝料などが損害の項目として問題になりますが、どのような損害についても定期金賠償が認められるわけではありません。
既に支払済みの治療費や修理費については、損害賠償請求権が既に具体化しているため、定期金賠償の対象外とされています。
死亡による逸失利益については、それが被害者自身に発生し、相続人がこれを相続すると解されているため、損害賠償請求権は被害者死亡時に発生し、損害額も確定、かつ具体化しているため、定期金賠償は認められないと解されています。
他方、将来の介護費用については、介護費用に対する賠償は、実際の支出を填補する目的で認められるものであり、当該支出がなされる毎に発生するものと考えられるため、定期金賠償の対象になることに争いは有りません。
後遺障害による逸失利益については、定期金賠償の対象になるというのが多数説とされていましたが、平成8年に、最高裁判所が、交通事故の被害者が、事故後口頭弁論終結時までに別の原因により死亡したとしても、特段の事情がない限り、死亡の事実は後遺障害による逸失利益の損害額の算定上考慮しないと判示したため、後遺障害による逸失利益は将来継続的に発生すべき損害ではないと解されるとして、定期金賠償の対象外であるという否定説も有力となっていました。
定期金賠償の長所と短所
ここで、定期金賠償の長所・短所について、見てみたいと思います。
まず長所ですが、将来発生する事実を賠償額算定に取り込むことが可能となる点があげられます。すなわち、将来の介護費用について、判決確定後に大幅に基礎事情に変動があり(例えば、介護保険制度が大幅に改定されたとか、在宅介護から施設介護に変更されたという場合)、介護費用が判決において認定された賠償額と大きく異なってしまうような場合に、定期金賠償であれば対応することが可能となります。
また一時金賠償では、年3%(平成31年の改正民法施行前は年5%)の中間利息が控除されて損害額が算定されますが、定期金賠償ではかかる控除がなされないため、被害者への賠償に厚いという点も指摘されています(後遺障害による逸失利益の場合、算定の終期が就労可能年齢である67歳とされるため、算定期間が長期間となり(令和2年の最判のケースでは18歳から67歳までの49年間)、中間利息控除額もとても大きな金額となります。)。
その他、一時金賠償では浪費などの危険があるが、定期金賠償ではこの危険は小さいため、生活保障として優れているという指摘もあります。
次に短所ですが、定期金賠償の場合、長期間に亘る支払が予定されますが、現行制度上、将来に亘って履行を確保する仕組みが整っていません。
また、民事訴訟法117条により損害額算定の基礎となった事情に著しい変更があった場合は、判決の変更を求めることが可能とされているため、判決による紛争解決の一回性・終局性が欠如していると指摘されています。
更に、長期間に亘り、多数回に分けて賠償金が支払われるため、加害者側の管理費用が増大することも指摘されています。
令和2年の最高裁判決
冒頭で紹介した令和2年の最高裁判決は、交通事故の被害者が、後遺障害による逸失利益について定期金賠償を求めている場合、不法行為に基づく損害賠償制度の目的や理念に照らして相当と認められるときは、定期金賠償の対象になると判示しました。
続けて、同判決は、後遺障害による逸失利益について定期金賠償を命じるに当たっては、事故の時点で、被害者が死亡する原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、就労可能期間の終期より前の被害者の死亡時を定期金賠償の終期とする必要はない、とも判示しました。
前半部分は、後遺障害による逸失利益が定期金賠償の対象になるとするものであり、従来の多数説である肯定説を採ることを明らかにするものです。
後半部分は、肯定説の中でも、就労可能期間の終期より前に被害者が死亡した場合の定期金賠償の終期について、被害者の死亡時とする見解が支配的であったところ、特段の事情がない限り被害者の死亡によっても賠償打切りとはならず、就労可能期間の終期まで継続するという見解を採用することを明らかにしました。
雑感
今回の最高裁判決により、後遺障害による逸失利益について定期金賠償が認められることが明らかとなり、かつその終期は、就労可能期間の終期より前に被害者が死亡した場合でも、特段の事情がない限り就労可能期間の終期であることとなりましたので、実務は、これを前提に進んでいくことになると思われますが、最後に、感想を述べたいと思います。
今回の事案は交通事故でしたが、加害者が国や自治体となる国家賠償事案でも定期金賠償が認められるケースがあると考えられます。不法行為に基づく損害賠償請求という法的構成は同じだからです。
しかし、労災事案において定期金賠償が認められるかどうかは明らかではありません。最高裁は「交通事故の被害者」が後遺障害による逸失利益を請求する場合と判示しておりますし、不法行為に基づく損害賠償制度の目的や理念に照らし相当であると認められるとき、とも判示していますので、労災事案で、契約上の債務不履行に基づく請求の場合に、定期金賠償が認められるかどうかは明らかではありません。
本件では、不法行為に基づく損害賠償制度の目的や理念に照らして相当と認められる、として定期金賠償を認容しましたが、今後は、具体的にどのようなケースが相当な場合として定期金賠償が認められるのかが、実務上、問題になってくると思われます。被害者側の過失が大きいような場合はどうなのか、被害者の年齢や職業、後遺障害の程度などがどの程度、影響するのか。事例の集積が待たれます。
加害者側からすると、今回のような定期金賠償が認められることは、加害者側(運転者本人や運行供用者たる車両保有者、使用者責任を負う運転者の雇用主等)に長期間に亘り損害賠償債務を負担させることになります。実際上は、加害者側の損害保険会社が毎期の支払を行いますが、判決上は、上記のような加害者側当事者も賠償義務を負います。自らが引き起こした事故とはいえ、長期に亘り賠償義務を負わせ続けること自体の当否は再度検討されるべきではないでしょうか。
また損害保険会社が破綻したような場合に備えて、損害保険契約者保護機構による補償制度が存在しますが、同制度が数十年後も存続していると断言することは出来ません。万が一、保険金による支払いが滞るような事態になれば、上記のような加害者側当事者の賠償義務が現実化することになります。しかし、一時金賠償の判決であれば、判決確定時には保険金による全額支払いが可能であり、加害者側当事者の賠償義務が消滅していたこととのバランスは欠いていないでしょうか。
定期金賠償の判決に対しては、民事訴訟法117条により、損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、判決の変更を求める訴えが可能とされています。最高裁判決の補足意見では、就労可能期間の終期前に被害者が死亡した場合にもその遺族に対する定期金による賠償が継続することに対する違和感を解消する方策として、民事訴訟法117条が活用できるのではないか、という意見も付されています。
被害者側において、賠償額の増加を生じさせるような事情の変更があれば、自ら判決の変更を求める訴えを提起することは容易ですが、賠償額の減少を生じさせるような事情の変更があった場合、加害者側がその事情を察知することは容易ではないように思われます。和解において定期金賠償を認めるような場合であれば、加害者側による被害者の症状の定期的な観察を被害者の義務として認めることも可能かもしれませんが、判決ではそのような義務を課すことはできません。医療機関に対する照会も被害者の同意がなければ実現は困難です。
民事訴訟法117条の趣旨が生かせるような制度があっても良いのではないかと思います。
[弁護士 奥田孝雄]